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2008年04月15日 (火)
出エジプト記 19:7-25
「それは主が火の中にあって、山の上に降りて来られたからである。」(18)
イスラエルは神様が結ぼうとされる契約の御言葉を聞いて、神様が命じられるとおりに行なうと約束しました(8)。それで神様は彼らと契約を結ぶために、濃い雲の中で臨まれようとされました。神様がこのように降りてこられ、モーセと話そうとするのは、民たちがモーセを神様のしもべとして信じるようにするためです(9)。私たちは神様の立てられたしもべを信じて、彼に従わなければなりません。
神様は民たちが降りて来られる神様をお迎えするように準備をさせました。まず着物を洗い、体をきよめ、慕い求める心で三日間待つように言われました。そして神様が降りて来られる時、近づいて来ないようにされました。ついに三日目の朝に、神様は雷と稲妻と濃い雲と、大きな角笛と共に、火の中で、シナイ山に降りて来られました(18)。民たちは遠くからその姿だけを見ても、みな恐れて震えました。神様は罪人が近づいて来ることのできない大きく威厳あり、聖なる方です(12,21)。罪人たちは誰でもこの神様に出て行くことができません。それで神様はモーセを仲介者として立て、彼を通してイスラエルに言われました。しかし新約聖書のクリスチャンたちはイエス・キリストの十字架の血の恵みに頼って、いつでもこの栄光ある神様、聖なる神様の前に出て行って、交わる恵みを得るようになりました。
祈り:主よ!私が大いなる神様の前に出て行くことができない罪人です。ただイエス様の血の恵みに頼って出て行きます。
一言:大きく威厳のある神様
「それは主が火の中にあって、山の上に降りて来られたからである。」(18)
イスラエルは神様が結ぼうとされる契約の御言葉を聞いて、神様が命じられるとおりに行なうと約束しました(8)。それで神様は彼らと契約を結ぶために、濃い雲の中で臨まれようとされました。神様がこのように降りてこられ、モーセと話そうとするのは、民たちがモーセを神様のしもべとして信じるようにするためです(9)。私たちは神様の立てられたしもべを信じて、彼に従わなければなりません。
神様は民たちが降りて来られる神様をお迎えするように準備をさせました。まず着物を洗い、体をきよめ、慕い求める心で三日間待つように言われました。そして神様が降りて来られる時、近づいて来ないようにされました。ついに三日目の朝に、神様は雷と稲妻と濃い雲と、大きな角笛と共に、火の中で、シナイ山に降りて来られました(18)。民たちは遠くからその姿だけを見ても、みな恐れて震えました。神様は罪人が近づいて来ることのできない大きく威厳あり、聖なる方です(12,21)。罪人たちは誰でもこの神様に出て行くことができません。それで神様はモーセを仲介者として立て、彼を通してイスラエルに言われました。しかし新約聖書のクリスチャンたちはイエス・キリストの十字架の血の恵みに頼って、いつでもこの栄光ある神様、聖なる神様の前に出て行って、交わる恵みを得るようになりました。
祈り:主よ!私が大いなる神様の前に出て行くことができない罪人です。ただイエス様の血の恵みに頼って出て行きます。
一言:大きく威厳のある神様
2008年04月14日 (月)
出エジプト記 19:1-6
「あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。」(6)
神様はイスラエルと契約を結ぶ前に、まず彼らをどのように救われたのか、を思い起こさせました(4)。神様はエジプトにわざわいを下されながら、彼らを救われました。また荒野の苦難から彼らを安全に導いてくださいました。それに対して、神様は「民たちをわしの翼に載せ、導かれた。」と話されました (5)。わしはそのひなを天の王者として育てるため、強い訓練をさせます。墜落する直前には翼を広げ助けます。このように神様はイスラエルを強く訓練させ、危機の時には翼を広げ導かれました(申32:11)。彼らが今日まであるのは神様の恵みによるものです。
神様は、世の万物の主人であり、主管者です。この神様がイスラエルと契約を結ばれました。その内容は、イスラエルが神様の御言葉を聞くなら、神様の所有とし、祭司の王国、聖なる国民にすることです。祭司の国は世の万民に神様を教え、彼らが救いを得るように助ける国です。すなわち世界万民の牧者であり、聖書の先生になることです。最も卑しい奴隷の民が、このような栄光ある民になることは、言いようのない大きな祝福です。神様がイエス・キリストを通して私たちを救われたのも、私たちを王である祭司として立てるためです(Ⅰペテ2:9)。私たちはこの時代、王である祭司です。神様は私たちを用いられ、世界万民を救い、食べさせることを願われます。
祈り:主よ!この罪人を救ってくださり、栄光ある祭司として望みを置かれてくださり感謝します。私がこの望みに従って生きます。
一言:祭司の国になる
「あなたがたはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。」(6)
神様はイスラエルと契約を結ぶ前に、まず彼らをどのように救われたのか、を思い起こさせました(4)。神様はエジプトにわざわいを下されながら、彼らを救われました。また荒野の苦難から彼らを安全に導いてくださいました。それに対して、神様は「民たちをわしの翼に載せ、導かれた。」と話されました (5)。わしはそのひなを天の王者として育てるため、強い訓練をさせます。墜落する直前には翼を広げ助けます。このように神様はイスラエルを強く訓練させ、危機の時には翼を広げ導かれました(申32:11)。彼らが今日まであるのは神様の恵みによるものです。
神様は、世の万物の主人であり、主管者です。この神様がイスラエルと契約を結ばれました。その内容は、イスラエルが神様の御言葉を聞くなら、神様の所有とし、祭司の王国、聖なる国民にすることです。祭司の国は世の万民に神様を教え、彼らが救いを得るように助ける国です。すなわち世界万民の牧者であり、聖書の先生になることです。最も卑しい奴隷の民が、このような栄光ある民になることは、言いようのない大きな祝福です。神様がイエス・キリストを通して私たちを救われたのも、私たちを王である祭司として立てるためです(Ⅰペテ2:9)。私たちはこの時代、王である祭司です。神様は私たちを用いられ、世界万民を救い、食べさせることを願われます。
祈り:主よ!この罪人を救ってくださり、栄光ある祭司として望みを置かれてくださり感謝します。私がこの望みに従って生きます。
一言:祭司の国になる
2008年04月13日 (日)
出エジプト記 18:1-27
「いつもは彼らが民をさばくのです。」(22)
しゅうとイテロは、モーセの妻と子どもたちを連れて出て来ました。モーセはイテロに、主がイスラエルのために、パロとエジプト人に行なわれた全てのことと、道でぶつかった全ての苦難を話しました。これを聞いたイテロは喜んで主を賛美し、全焼のいけにえと神へのいけにえを持って来ました。彼はミデヤン人でしたが、神様が行なわれたことを聞いて、主が全ての神に勝る方であることを悟りました。イテロは神様が成された御業に基づいて信仰を告白し、神様に献身しました。
次の日、イテロは、モーセが全ての民の訴えをさばくために朝から晩まで苦労しているのを、見ました。イテロはモーセに民をさばくことを一人では行なえないことを悟らせました。「民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立てなければなりません。」モーセはしゅうとイテロの助言を受け入れ、共に働く同労者たちを立てました。彼らを通して民に効率的に仕えました。神様の御業を行なうのに、組織的で体系的な同労者が大切です。そのためには指導者が他の人の知恵ある助言を受け入れる謙遜で、広い心がなければなりません。自分一人で全てのことを成し遂げようとする心を捨てて、他の人を立てなければなりません。
祈り:主よ!私が一人で全てのことをしてしまう愚かな心を悔い改め、同労者を立てるように、助けてください。
一言:同労者を立てよう
「いつもは彼らが民をさばくのです。」(22)
しゅうとイテロは、モーセの妻と子どもたちを連れて出て来ました。モーセはイテロに、主がイスラエルのために、パロとエジプト人に行なわれた全てのことと、道でぶつかった全ての苦難を話しました。これを聞いたイテロは喜んで主を賛美し、全焼のいけにえと神へのいけにえを持って来ました。彼はミデヤン人でしたが、神様が行なわれたことを聞いて、主が全ての神に勝る方であることを悟りました。イテロは神様が成された御業に基づいて信仰を告白し、神様に献身しました。
次の日、イテロは、モーセが全ての民の訴えをさばくために朝から晩まで苦労しているのを、見ました。イテロはモーセに民をさばくことを一人では行なえないことを悟らせました。「民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立てなければなりません。」モーセはしゅうとイテロの助言を受け入れ、共に働く同労者たちを立てました。彼らを通して民に効率的に仕えました。神様の御業を行なうのに、組織的で体系的な同労者が大切です。そのためには指導者が他の人の知恵ある助言を受け入れる謙遜で、広い心がなければなりません。自分一人で全てのことを成し遂げようとする心を捨てて、他の人を立てなければなりません。
祈り:主よ!私が一人で全てのことをしてしまう愚かな心を悔い改め、同労者を立てるように、助けてください。
一言:同労者を立てよう
2008年04月12日 (土)
出エジプト記 17:1-16
「さあ、わたしはあそこのホレブの岩の上で、あなたの前に立とう。」(6)
イスラエルは主の命じられた通りにシンの荒野から旅立ち、レフィディムで宿営しました。ところが飲む水がないと、モーセにつぶやきました。彼らは、「なぜ私たちをエジプトから導き出して、のどの渇きで殺すのか」と、責めました。神様は叫ぶモーセに命じられました。「民の前を通り、イスラエルの長老たちを幾人か連れ、あなたがナイルを打ったあの杖を手に取って出て行け。さあ、わたしはあそこのホレブの岩の上で、あなたの前に立とう。あなたがその岩を打つと、岩から水が出る。民はそれを飲もう。」モーセは長老たちの前でその通りに行ないました。すると岩から水がわき出て民たちが飲みました。イスラエルは神様が彼らのうちにおられるかどうかを試みました。しかしモーセは神様を信じて、杖で岩を打ちました。そうした時、生きておられる神様を体験しました。神様は、私たちが神様につぶやき試みることより、信仰によって岩を打て、と言われます。
渇きが解決して、休む間もなくアマレクが責めて来ました。モーセはヨシュアを先発隊長として立て、自分は神様の杖を手に持って山の頂に立ちました。モーセが手を上げるとイスラエルが勝ち、手を下ろすとアマレクが勝ちました。モーセの手が疲れて来ると、アロンとフルが手をささえて上げました。モーセの手が、日が沈むまで下ろされず、ヨシュアが剣でアマレクを打ち負かしました。勝利を得たモーセが祭壇を築き、「アドナイ・ニシ」と呼びました。神様は、ご自分のしもべたちのとりなしの祈りを聞かれ、私たちの敵と戦われる方です。
祈り:主よ!私がつぶやき試みる罪を悔い改め、信仰によって岩を打ち、祈りによって戦うように助けてください。
一言:アドナイ・ニシ
「さあ、わたしはあそこのホレブの岩の上で、あなたの前に立とう。」(6)
イスラエルは主の命じられた通りにシンの荒野から旅立ち、レフィディムで宿営しました。ところが飲む水がないと、モーセにつぶやきました。彼らは、「なぜ私たちをエジプトから導き出して、のどの渇きで殺すのか」と、責めました。神様は叫ぶモーセに命じられました。「民の前を通り、イスラエルの長老たちを幾人か連れ、あなたがナイルを打ったあの杖を手に取って出て行け。さあ、わたしはあそこのホレブの岩の上で、あなたの前に立とう。あなたがその岩を打つと、岩から水が出る。民はそれを飲もう。」モーセは長老たちの前でその通りに行ないました。すると岩から水がわき出て民たちが飲みました。イスラエルは神様が彼らのうちにおられるかどうかを試みました。しかしモーセは神様を信じて、杖で岩を打ちました。そうした時、生きておられる神様を体験しました。神様は、私たちが神様につぶやき試みることより、信仰によって岩を打て、と言われます。
渇きが解決して、休む間もなくアマレクが責めて来ました。モーセはヨシュアを先発隊長として立て、自分は神様の杖を手に持って山の頂に立ちました。モーセが手を上げるとイスラエルが勝ち、手を下ろすとアマレクが勝ちました。モーセの手が疲れて来ると、アロンとフルが手をささえて上げました。モーセの手が、日が沈むまで下ろされず、ヨシュアが剣でアマレクを打ち負かしました。勝利を得たモーセが祭壇を築き、「アドナイ・ニシ」と呼びました。神様は、ご自分のしもべたちのとりなしの祈りを聞かれ、私たちの敵と戦われる方です。
祈り:主よ!私がつぶやき試みる罪を悔い改め、信仰によって岩を打ち、祈りによって戦うように助けてください。
一言:アドナイ・ニシ
2008年04月11日 (金)
出エジプト記 16:22-36
「七日目には、あなたがたはそれぞれ自分の場所にとどまれ。その所からだれも出てはならない。」(29)
神様はイスラエルの民に毎日食べる分だけ集めるように言われました。彼らが神様の御言葉を無視して、二日分を集めて残しておくと、虫がわき、悪臭を放ちました。ところが六日目には安息日のために、二倍の食物を集めるように、命じられました。それは次の日の朝まで残して置いても悪臭を放たず、虫もつきませんでした(24)。神様は六日目には二日分の食物を供給されましたが、これは七日目である安息日には民たちが自分の場所にとどまって出ずに、神様に礼拝をささげて、交わるようにするためでした。しかし民たちの中には七日目にも食物を集めに出て来た者もいました。彼らは神様と交わり、御言葉に聞き従うことより、仕事と食べる物を確保することに関心がありました。モーセはこのような人々を咎め、神様の戒めを守るように教えました。人々は安息日にも、世のことと欲に従って生き、自分のことに没頭します。しかし安息日をきよく守ることが人間の道理であり、本当の安らぎと力と祝福を受ける道です。
神様は、「マナを一オメルたっぷり、子孫のために保存せよ」と言われました。これを通して、荒野で民を導き、食べさせた神様の愛と力をイスラエル代々、子孫たちに永遠に教えようとされました(32)。これは人が食べる物を求めることより、神様の力と愛を信じて、まず神様のために生きることが、もっと大切なことだからです(マタ6:33)。
祈り:主よ!私がどんなつらい状況の中でも、安息日を守り、安らぎを得ることができますように御守りください。
一言:安息日を守り抜こう
「七日目には、あなたがたはそれぞれ自分の場所にとどまれ。その所からだれも出てはならない。」(29)
神様はイスラエルの民に毎日食べる分だけ集めるように言われました。彼らが神様の御言葉を無視して、二日分を集めて残しておくと、虫がわき、悪臭を放ちました。ところが六日目には安息日のために、二倍の食物を集めるように、命じられました。それは次の日の朝まで残して置いても悪臭を放たず、虫もつきませんでした(24)。神様は六日目には二日分の食物を供給されましたが、これは七日目である安息日には民たちが自分の場所にとどまって出ずに、神様に礼拝をささげて、交わるようにするためでした。しかし民たちの中には七日目にも食物を集めに出て来た者もいました。彼らは神様と交わり、御言葉に聞き従うことより、仕事と食べる物を確保することに関心がありました。モーセはこのような人々を咎め、神様の戒めを守るように教えました。人々は安息日にも、世のことと欲に従って生き、自分のことに没頭します。しかし安息日をきよく守ることが人間の道理であり、本当の安らぎと力と祝福を受ける道です。
神様は、「マナを一オメルたっぷり、子孫のために保存せよ」と言われました。これを通して、荒野で民を導き、食べさせた神様の愛と力をイスラエル代々、子孫たちに永遠に教えようとされました(32)。これは人が食べる物を求めることより、神様の力と愛を信じて、まず神様のために生きることが、もっと大切なことだからです(マタ6:33)。
祈り:主よ!私がどんなつらい状況の中でも、安息日を守り、安らぎを得ることができますように御守りください。
一言:安息日を守り抜こう






