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2008年02月19日 (火)
創世記 37:18-36
「さあ、今こそ彼を殺し、どこかの穴に投げ込んで、悪い獣が食い殺したと言おう。そして、あれの夢がどうなるかを見ようではないか。」(20)
ヨセフは兄たちのあとを追って行き、ついに兄たちのところに至りました。ところが兄たちは言いました。「見ろ。あの夢見る者がやって来る。さあ、今こそ彼を殺し、どこかの穴に投げ込んで、悪い獣が食い殺したと言おう。そして、あれの夢がどうなるかを見ようではないか。」(19,20)。兄たちは無情にも弟を殺す計画を立てました。なぜなら弟を殺せば、その夢も一緒に消えると思ったからです。兄たちはヨセフの夢を嫌い、その夢を壊そうとしました。幸いにもルベンとユダによって死だけは免れました。彼らはヨセフを殺さない代わりに、ミデヤンの隊商に売ってしまいました。兄たちは家に戻って、父のヤコブには悪い獣に裂かれて死んだと偽りを言いました。父なるヤコブは子どもたちの慰めを聞かずに、心を痛めました。
一方、ミデヤンの隊商たちはヨセフをエジプトの王パロの廷臣、侍従長ポティファルに再び売りました。兄たちからおじぎを受ける夢を見たヨセフは、一日で奴隷の身分に転落してしまいました。その夢と現実はあまりにも違いました。彼が処せられた現状だけを考えると、その夢はただの夢で終ってしまうかのように見えます。しかしヨセフの人生の全体を見れば、これは夢を成し遂げるための第一歩です。神様がヨセフに夢を与え、その夢を自ら成し遂げてくださるからです。これを通して、神様がヨセフと共におられ、きたえられ、尊く用いてくださいます。そこで神様の中で見た夢は、必ず成し遂げられます。一時的に夢が砕かれたような痛みがあっても、夢を与えてくださった神様が、いつかは必ずその夢を成し遂げてくださることを信じるべきです。
祈り:主よ!夢が砕かれたようなその時にも、終には夢を成し遂げられるあなたから、私は決して離れはしません。
一言:夢は成し遂げられる
「さあ、今こそ彼を殺し、どこかの穴に投げ込んで、悪い獣が食い殺したと言おう。そして、あれの夢がどうなるかを見ようではないか。」(20)
ヨセフは兄たちのあとを追って行き、ついに兄たちのところに至りました。ところが兄たちは言いました。「見ろ。あの夢見る者がやって来る。さあ、今こそ彼を殺し、どこかの穴に投げ込んで、悪い獣が食い殺したと言おう。そして、あれの夢がどうなるかを見ようではないか。」(19,20)。兄たちは無情にも弟を殺す計画を立てました。なぜなら弟を殺せば、その夢も一緒に消えると思ったからです。兄たちはヨセフの夢を嫌い、その夢を壊そうとしました。幸いにもルベンとユダによって死だけは免れました。彼らはヨセフを殺さない代わりに、ミデヤンの隊商に売ってしまいました。兄たちは家に戻って、父のヤコブには悪い獣に裂かれて死んだと偽りを言いました。父なるヤコブは子どもたちの慰めを聞かずに、心を痛めました。
一方、ミデヤンの隊商たちはヨセフをエジプトの王パロの廷臣、侍従長ポティファルに再び売りました。兄たちからおじぎを受ける夢を見たヨセフは、一日で奴隷の身分に転落してしまいました。その夢と現実はあまりにも違いました。彼が処せられた現状だけを考えると、その夢はただの夢で終ってしまうかのように見えます。しかしヨセフの人生の全体を見れば、これは夢を成し遂げるための第一歩です。神様がヨセフに夢を与え、その夢を自ら成し遂げてくださるからです。これを通して、神様がヨセフと共におられ、きたえられ、尊く用いてくださいます。そこで神様の中で見た夢は、必ず成し遂げられます。一時的に夢が砕かれたような痛みがあっても、夢を与えてくださった神様が、いつかは必ずその夢を成し遂げてくださることを信じるべきです。
祈り:主よ!夢が砕かれたようなその時にも、終には夢を成し遂げられるあなたから、私は決して離れはしません。
一言:夢は成し遂げられる
2008年02月18日 (月)
創世記 37:1-17
「おまえは私たちを治める王になろうとするのか。私たちを支配しようとでも言うのか。」
ヨセフはヤコブの十二人の息子の中で十一番目の息子でした。しかしヤコブはほかの息子たちよりも、特別にヨセフを愛しました。多くの息子たちより、そでつきの長服を作って着せました。ヨセフは老年に得た息子だったからです。しかし兄たちはこれによって、ヨセフを憎み、彼と穏やかに話すことができませんでした(4)。その時、神様はヨセフに夢を通してビジョンを与えました。ヨセフは夢を見て、兄たちにその内容を話しました。その夢は、兄たちの束が、自分の束におじぎをすることでした。また太陽と月と十一の星が自分におじぎする夢でした。これはヨセフが将来王になり、兄たちを治めるようになることを指します。更に進んで神様の救いの御業に、兄たちより尊く用いられることを話します。ヨセフは最も低い者ですが、高い者たちである兄たちを治めるようになることは、既存の秩序を破壊することです。神様の御業では世の秩序と異なるところがあります。低い者でも、落胆する必要がなく、高い者でも、傲慢になってはいけません。神様はご自分のしもべたちに、夢を与えます。そしてその夢を通して、導かれます。しかしヨセフはこのことによって、兄たちからさらに憎しみを受けるようになりました。
ヨセフは父の手伝いで、兄たちを訪ねてシェケムの地に行きました。しかし兄たちはそこにはいませんでした。ヨセフは人々に聞いて、ドタンまで行って、兄たちに会いました。ヨセフは任されたことに対しては責任感と忠誠心がありました。
祈り:主よ!主が私にお与えになった夢を見て、主の導きを仰ぎ見るように助けてください。
一言:夢をお与えになる神様
「おまえは私たちを治める王になろうとするのか。私たちを支配しようとでも言うのか。」
ヨセフはヤコブの十二人の息子の中で十一番目の息子でした。しかしヤコブはほかの息子たちよりも、特別にヨセフを愛しました。多くの息子たちより、そでつきの長服を作って着せました。ヨセフは老年に得た息子だったからです。しかし兄たちはこれによって、ヨセフを憎み、彼と穏やかに話すことができませんでした(4)。その時、神様はヨセフに夢を通してビジョンを与えました。ヨセフは夢を見て、兄たちにその内容を話しました。その夢は、兄たちの束が、自分の束におじぎをすることでした。また太陽と月と十一の星が自分におじぎする夢でした。これはヨセフが将来王になり、兄たちを治めるようになることを指します。更に進んで神様の救いの御業に、兄たちより尊く用いられることを話します。ヨセフは最も低い者ですが、高い者たちである兄たちを治めるようになることは、既存の秩序を破壊することです。神様の御業では世の秩序と異なるところがあります。低い者でも、落胆する必要がなく、高い者でも、傲慢になってはいけません。神様はご自分のしもべたちに、夢を与えます。そしてその夢を通して、導かれます。しかしヨセフはこのことによって、兄たちからさらに憎しみを受けるようになりました。
ヨセフは父の手伝いで、兄たちを訪ねてシェケムの地に行きました。しかし兄たちはそこにはいませんでした。ヨセフは人々に聞いて、ドタンまで行って、兄たちに会いました。ヨセフは任されたことに対しては責任感と忠誠心がありました。
祈り:主よ!主が私にお与えになった夢を見て、主の導きを仰ぎ見るように助けてください。
一言:夢をお与えになる神様
2008年02月17日 (日)
創世記 35:1-15
「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。」(3)
ヤコブはティナのできごとを通して、もう一度危機を迎えました。神様はこのような彼に方向をくださいました。「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。そしてそこに、あなたが兄エサウからのがれていたとき、あなたに現われた神のために祭壇を築きなさい。」(1)。「ベテル」はヤコブが初めて自分の神様に出会い、自分の人生を完全に委ねると誓願したところです(28:16-19)。「ベテルに上る」とは「最初に出会ったその神様に再び会いなさい」という意味です。最初に出会ったその神様に再び会って、神様がくださったそのビジョンを回復し、再出発しなさいという意味です。人は誰でも危機を迎えるようになります。大切なことは、その時「私のベテル」に上って行くことです。すなわち最初に出会った主に出会うことです。
ヤコブはこの方向の前で、まず自分をきよめます。ヤコブは自分の家の者と、自分と共にした全ての人々に言いました。「あなたがたの中にある異国の神々を取り除き、身をきよめ、着物を着替えなさい。」(2)。「異国の神々を取り除く」とはシェケムで生きながら、受けた世の価値観と世界観を捨てることです。神様に新しく会おうとするなら、自分の内面をまず清めなければなりません。神様に新しく会うことは悔い改めることから始まります。ヤコブは力強く立ち上がり、ベテルに上って行きました。「私の苦難の日に私に答え、私の歩いた道に、いつも私とともにおられた神に祭壇を築こう。」(3)。彼はそこに着いて、祭壇を築いて、「エル・ベテル」すなわち「ベテルの神様」と呼びました。
祈り:主よ!私にもベテルがあることを感謝します。危機の時に、ベテルに上って行って、主に出会うように助けてください。
一言:危機の時にベテルに上って行こう
「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。」(3)
ヤコブはティナのできごとを通して、もう一度危機を迎えました。神様はこのような彼に方向をくださいました。「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。そしてそこに、あなたが兄エサウからのがれていたとき、あなたに現われた神のために祭壇を築きなさい。」(1)。「ベテル」はヤコブが初めて自分の神様に出会い、自分の人生を完全に委ねると誓願したところです(28:16-19)。「ベテルに上る」とは「最初に出会ったその神様に再び会いなさい」という意味です。最初に出会ったその神様に再び会って、神様がくださったそのビジョンを回復し、再出発しなさいという意味です。人は誰でも危機を迎えるようになります。大切なことは、その時「私のベテル」に上って行くことです。すなわち最初に出会った主に出会うことです。
ヤコブはこの方向の前で、まず自分をきよめます。ヤコブは自分の家の者と、自分と共にした全ての人々に言いました。「あなたがたの中にある異国の神々を取り除き、身をきよめ、着物を着替えなさい。」(2)。「異国の神々を取り除く」とはシェケムで生きながら、受けた世の価値観と世界観を捨てることです。神様に新しく会おうとするなら、自分の内面をまず清めなければなりません。神様に新しく会うことは悔い改めることから始まります。ヤコブは力強く立ち上がり、ベテルに上って行きました。「私の苦難の日に私に答え、私の歩いた道に、いつも私とともにおられた神に祭壇を築こう。」(3)。彼はそこに着いて、祭壇を築いて、「エル・ベテル」すなわち「ベテルの神様」と呼びました。
祈り:主よ!私にもベテルがあることを感謝します。危機の時に、ベテルに上って行って、主に出会うように助けてください。
一言:危機の時にベテルに上って行こう
2008年02月16日 (土)
創世記 33:18-34:31
「私たちの妹が遊女のように取り扱われてもいいのですか。」(34:31)
ヤコブの家族がシェケムにしばらくの間、滞在していました。レアがヤコブに産んだ娘ディナがいましたが、シェケムの族長のヒビ人ハモルの子が彼女を見て連れて行き、強姦して辱めました。そうして娘を愛したので、そのようにしたと言いました。しかし聖書は続けて、「ディナを汚した」とあります。ヤコブはこれを聞いても沈黙しました。しかし息子たちはこの知らせを聞いて、断食してひどく怒りました。シェケムがヤコブの娘を強姦して、イスラエルに恥ずかしいこと、すなわちしてはならないことを行なったからです(6-7)。シェケムは続けて、「私たちと結婚しましょう」と提案します。そして多くの賜物を与え、妥協を提示します。しかし異邦人たちとの通婚は聖書で厳しく禁止されています。
ヤコブの息子たちは彼にはっきりと言いました。「割礼を受けていない者に、私たちの妹をやるような、そのようなことは、私たちにはできません。それは、私たちにとっては非難の的ですから。ただ次の条件であなたがたに同意しましょう。それは、あなたがたの男子がみな、割礼を受けて、私たちと同じようになることです。そうすれば、私たちの娘たちをあなたがたに与え、あなたがたの娘たちを私たちがめとります。そうして私たちはあなたがたとともに住み、私たちは一つの民となりましょう。」(14-16)。ヤコブの息子たちは、彼らが割礼を行なって、痛みを感じている時に、全ての男と町をみな撃ち滅ぼしました。このことによって、ヤコブは人々から報復されるのではないか、と恐れるようになりました。彼は世の人々のことだけを気にしましたが、神様の中での本来の姿を見過ごして来ました。しかし兄たちは言いました。「私たちの妹が遊女のように取り扱われてもいいのですか。」彼らは人を殺す罪を犯しましたが、本来の姿をより尊く思い、これを守ろうとしたのです。
祈り:主よ!世の良い提案の前で妥協せずに、本来の姿を守ることができるように、助けてください。
一言:本来の姿を守ろう
「私たちの妹が遊女のように取り扱われてもいいのですか。」(34:31)
ヤコブの家族がシェケムにしばらくの間、滞在していました。レアがヤコブに産んだ娘ディナがいましたが、シェケムの族長のヒビ人ハモルの子が彼女を見て連れて行き、強姦して辱めました。そうして娘を愛したので、そのようにしたと言いました。しかし聖書は続けて、「ディナを汚した」とあります。ヤコブはこれを聞いても沈黙しました。しかし息子たちはこの知らせを聞いて、断食してひどく怒りました。シェケムがヤコブの娘を強姦して、イスラエルに恥ずかしいこと、すなわちしてはならないことを行なったからです(6-7)。シェケムは続けて、「私たちと結婚しましょう」と提案します。そして多くの賜物を与え、妥協を提示します。しかし異邦人たちとの通婚は聖書で厳しく禁止されています。
ヤコブの息子たちは彼にはっきりと言いました。「割礼を受けていない者に、私たちの妹をやるような、そのようなことは、私たちにはできません。それは、私たちにとっては非難の的ですから。ただ次の条件であなたがたに同意しましょう。それは、あなたがたの男子がみな、割礼を受けて、私たちと同じようになることです。そうすれば、私たちの娘たちをあなたがたに与え、あなたがたの娘たちを私たちがめとります。そうして私たちはあなたがたとともに住み、私たちは一つの民となりましょう。」(14-16)。ヤコブの息子たちは、彼らが割礼を行なって、痛みを感じている時に、全ての男と町をみな撃ち滅ぼしました。このことによって、ヤコブは人々から報復されるのではないか、と恐れるようになりました。彼は世の人々のことだけを気にしましたが、神様の中での本来の姿を見過ごして来ました。しかし兄たちは言いました。「私たちの妹が遊女のように取り扱われてもいいのですか。」彼らは人を殺す罪を犯しましたが、本来の姿をより尊く思い、これを守ろうとしたのです。
祈り:主よ!世の良い提案の前で妥協せずに、本来の姿を守ることができるように、助けてください。
一言:本来の姿を守ろう
2008年02月15日 (金)
創世記 32:13-32
「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」(26)
ヤコブは兄エサウに対する恐れにとらわれ、前に進むことができませんでした。彼は自分の家族と全ての財産をヤボクの川の向こう岸に渡してから、自分は川を渡ることができませんでした。「ヤコブはひとりだけ、あとに残った。」(24)。彼はそれまで妻と子どもたちと財産を持ちましたが、今この瞬間だけは一人でした。その多くの妻たち、子どもたち、そして財産が、この時は彼と共にいることができませんでした。自分の内面問題を助けることもできませんでした。彼は一人で恐れに立ち向かいましたが、恐れに勝つことができませんでした。彼を包んでいるものは、ただ計り知れない恐れだけでした。
まさにその時、神様がヤコブに訪ねて来られました。そして彼に戦いをしかけました。ヤコブは自分に訪ねて来られた神様を、全力を尽くして捕まえ、決して離そうとはしませんでした。神様は彼のもものつがいを打たれました。その瞬間ヤコブは神様をつかんで絶叫しました。「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」彼は、神様の祝福だけが自分をとらえる恐れと暗闇から抜け出させる唯一の道だ、と思いました。神様はそのような彼をヤコブからイスラエルに変えてくださいました(28)。神様はその存在自体を変えてくださる方です。存在が変わらなければ、恐れとやみに打ち勝つことができません。神様がその光になってくださる時、光輝く朝日が昇りました(30,31)。誰も私を助けることができない時、主なる神様だけが私の光となられ、救いになります。
祈り:主よ!誰も私を助けることができない時、主をつかむことができるように祈ります。
一言:神様だけが私の救い主
「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」(26)
ヤコブは兄エサウに対する恐れにとらわれ、前に進むことができませんでした。彼は自分の家族と全ての財産をヤボクの川の向こう岸に渡してから、自分は川を渡ることができませんでした。「ヤコブはひとりだけ、あとに残った。」(24)。彼はそれまで妻と子どもたちと財産を持ちましたが、今この瞬間だけは一人でした。その多くの妻たち、子どもたち、そして財産が、この時は彼と共にいることができませんでした。自分の内面問題を助けることもできませんでした。彼は一人で恐れに立ち向かいましたが、恐れに勝つことができませんでした。彼を包んでいるものは、ただ計り知れない恐れだけでした。
まさにその時、神様がヤコブに訪ねて来られました。そして彼に戦いをしかけました。ヤコブは自分に訪ねて来られた神様を、全力を尽くして捕まえ、決して離そうとはしませんでした。神様は彼のもものつがいを打たれました。その瞬間ヤコブは神様をつかんで絶叫しました。「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」彼は、神様の祝福だけが自分をとらえる恐れと暗闇から抜け出させる唯一の道だ、と思いました。神様はそのような彼をヤコブからイスラエルに変えてくださいました(28)。神様はその存在自体を変えてくださる方です。存在が変わらなければ、恐れとやみに打ち勝つことができません。神様がその光になってくださる時、光輝く朝日が昇りました(30,31)。誰も私を助けることができない時、主なる神様だけが私の光となられ、救いになります。
祈り:主よ!誰も私を助けることができない時、主をつかむことができるように祈ります。
一言:神様だけが私の救い主






