HOME > 2008年01月


主が望まれる
創世記 16:1-16

 「主は私が子どもを産めないようにしておられます。」(2)

 アブラムが信仰生活を始めてから十年が経ちました。その間、アブラムの妻サライは一度も妊娠しませんでした。サライは、「主が自分の出産を許してくださらない」と考えました。それで彼女は続けて神様を信じるよりも、自分の女奴隷ハガルを通して、子どもを得ようとしました。自分の女奴隷ハガルをアブラムの妾としました。アブラムもサライの提案を拒むことができませんでした。このような人間的な努力はハガルの妊娠によって成功したかのように見えました。しかし全く予期しなかった問題が発生しました。妊娠したハガルは主人であるサライを見下すようになりました。サライはひどく怒り、アブラムを憎み、ハガイを虐待しました。結局ハガルはサライの虐待に耐え切れずに、身重の体で家出しました。人間的な方法を選んだことでアブラムの家庭は更に大きな問題に陥ったのです。
 神様はアブラムの家庭の問題を憐れました。彼らのあやまちと失敗を黙々と担ってくださいました。ハガルに現れ、再びサライのもとに帰って、身を低くして服従するように、命じられました。またハガルから生まれる子どもに名前をつけてくださいました。その子の将来を祝福してくださることも約束されました。ハガルは、自分の苦しみを聞き入れてくださる神様を、受け入れました。そして戻って来てイシュマエルを産みました。崩れた家庭の秩序が回復されました。誰よりもサライが出産することを願われた神様は、必ずご自分の力で出産の御業を行なわれます。人間的な方法に頼ってはいけません。最後まで信仰を持たなければなりません。

祈り:主よ!肉的、霊的子どもを得ることを望まれる神様を信じることで、最後まで信仰によって生きるように、助けてください。

一言:最後まで信仰によって
カテゴリ:旧約聖書::創世記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加
天の星のような子孫
創世記 15:1-21

 「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。・・・あなたの子孫はこのようになる。」(5)

 アブラムにとって、勝利の喜びはしばらくの間だけでした。いまだに子どもの問題が解決されていなかったからです。彼は懐疑心と被害意識に陥りました。いと高き神様が、彼の盾となり、非常に大きな報いであることを教えられても、助けにはなりませんでした。むしろ彼は子どもをくださらないのなら、自分のしもべを相続人として立てると不平をこぼしました。神様はこのような彼を外に連れ出して、天の星を見上げるようにされました。そして彼に向かって言われました。「あなたの子孫はこのようになる。」アブラムは夜空に輝いている無数の星を仰ぎ見ました。彼の心に天地を創造された創造主神様の力が臨みました。彼は数多くの星を創造された神様が星のように多くの子どもたちをくださることを信じました。神様はこのような彼の信仰を見て、義と認め、喜ばれました。彼は望むことが難しい中ででも、神様を信じることで信仰の先祖となりました。
 神様は彼に子孫に対する約束をくださいました。それだけではなく、六百年後に子孫が受けるようになる地についても、言及されました。これを通して、神様はアブラムに目の前の現実から離れ、遠い未来を仰ぎ見る遠大なビジョンを持つように助けられました。神様は数多くの星を、一言の御言葉で創造された全能の神様です。この神様こそが数多くの星のような霊的な子孫をくださいます。六百年後を見上げ、一人の人生を導かれます。それで遠い未来に、神様が私を通して成してくださることを望み、忍耐によって信仰の道を生きていかなければなりません。

祈り:主よ!私が全能なる神様を信じることで、六百年後を見上げて生きるビジョンの人となるように、助けてください。

一言:信仰とビジョン
カテゴリ:旧約聖書::創世記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加
いと高き神
創世記 14:1-24

 「あなたの手に、あなたの敵を渡されたいと高き神に、誉れあれ。」(20)

 ソドムに定着したロトは豊かな環境と華麗な文化生活に囲まれ、幸福でした。しかし突然カナン全域で戦争が起こり、大きな危機を迎えるようになりました。ソドムが戦争に負けました。ソドムに住んでいたロトは財産を奪われ、捕虜として連れて行かれました。世俗的な富と栄光、豊かさは、本当の喜びと安全を保障することができません。破滅を招くこともあります。
 甥のロトの事情を聞いたアブラムは、大急ぎで戦場の中心まで駆けていきました。318人の奴隷といくつかの同盟軍だけを率いて、夜間の奇襲攻撃で、ケドルラオメルの同盟軍を打ち破りました。ロトと財産と親類とその女たちを取り戻しました。ロトは、神様の目の前で罪を犯したソドムの町に住んでいましたが、彼に対するアブラムの愛は変わりありません。このようなアブラムの心痛める牧者の心情を、神様は受け入れられます。彼に勇気と知恵を与え、大きな勝利も与えてくださいました。勝利し凱旋するアブラムを、いと高き神様の祭司メルキゼデクが迎えました。パンとぶどう酒で慰め、叫びました。「あなたの手に、あなたの敵を渡されたいと高き神に、誉れあれ。」神様は世の王より、彼らが仕えるどんな神々よりも、いと高き方です。また世の歴史と人間の生死を主管される天地の統治者です。アブラムはこれを深く認め、得たものから十分の一をメルキゼデクにささげました。私たちがいと高き天地の統治者である神様を信じる時、敵を恐れません。

祈り:主よ!戦場のようなこの地でも、いと高き天地の統治者である神様を信じて、生きるように助けてください。

一言:いと高き神様
カテゴリ:旧約聖書::創世記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加
目を上げて、見渡しなさい
創世記 13:1-18

 「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。」(14)

 エジプトから戻って来たアブラムは富んでいましたが、それが原因でロトと争いが生じました。その時アブラムは選択権をロトに譲りました。年長者として当然、自分にあるはずの選択権を譲ったのです。ロトはどんな選択をしたでしょうか。彼は目を上げ、ヨルダンの全体を見渡しました。ツォアルに至るまでよく潤っていました。主の園のようであり、エジプトの地のようでした。ロトはヨルダンの低地全体を選び、移って行きました。彼の選びの基準は、目に見える豊かさでした。どれだけ住み良いのかという基準で彼は選びました。彼は神様の召されと御言葉を仰ぐよりは、豊かさを基準としました。その後、ロトの生活は転落の道を歩むようになります。選択の時に、神様の御言葉から離れるならば、その人生は転落に向かうのです。
 アブラムは神様を信じて良い地をロトに譲りました。この世の価値観からみれば損をしたように思ったかもしれません。しかしその時、神様がアブラムに訪ねて来て、言われました。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。」そして見える地を与える、と言われました。子孫も地のちりのようにする、と言われました。アブラムは最初は失ったかのようでしたが、最後まで信仰によって約束の地に残りました。何より、彼は最後まで神様の約束を仰ぎ見たのです。その後、アブラムは神様の約束を受けるに至ります。私たちが神様の約束を信じて、最後まで約束の地に残るならば、神様の祝福を受けるのです。

祈り:主よ!選択の時、目の前の利益ではなく、あなたの約束を見上げ、信仰の道を選ぶことができますように。私の霊の目を開いていてください。

一言:約束の道を選ぶ
カテゴリ:旧約聖書::創世記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加
サライのことで
創世記 12:10-20

 「主はアブラムの妻サライのことで、」(17)

 アブラムは神様の召されに従って、約束の地に滞在しました。ところがその地に激しいききんがおこりました。家畜は飲む水がなく、倒れました。アブラムは生きる道を探して、エジプトに下って行きました。ところがそこで美しい妻サライのために、恐れが生じました。そのためサライを妹だと偽りました。その結果、パロに妻を奪われ、代わりに羊と牛と奴隷とらくだを得ました。突然アブラムはやもめのようになりました。サライがいなければ、神様の望みも成すことができません。アブラムは全てのものを失ってしまったも同然でした。
 しかし神様はアブラムの妻サライのことで、パロと、その家にひどい災害をくだされました。パロはアブラムを呼び、一部始終を聞いた後、サライと全ての所有物を送り出しました。私たちは神様の召されに従って行こうとする時、さまざまな問題にぶつかります。このききんのような収入の問題、生活の問題をかき分けて進むことは、容易ではありません。しかし、信仰によって担おうとせず、自分勝手に行なおうとすると、さらに大きな問題にぶつかってしまいます。ところが、そのような時にも、神様は私たちを助けてくださいます。「アブラムの妻サライによって」、パロに警告されたように、私たちを助けてくださいます。私のあやまちと弱さまでをも担ってくださいます。私たちが最後まで信仰の道を行くことができるように、責任を負ってくださいます。私たちは、この神様の助けによって、最後まで信仰の道を歩むことができるのです。

祈り:主よ!主が弱い私のために責任を持ってくださり感謝します。私はそんな主を信じて、最後まで信仰の道を歩みます。

一言:主が最後まで
カテゴリ:旧約聖書::創世記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加

  
カレンダー
S M T W T F S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31   
<<   2008年 01月   >>
カテゴリ
プロフィール
RSSフィード

Add to Google
ADD TO Hatena::RSS
My Yahoo!に追加
Subscribe with livedoor Reader
PAIPO Readerへ追加
feedpathへ追加
gooリーダーへ追加
エキサイトリーダーに登録
HanRSSに追加
Bloglinesで閲読登録
Technorati お気に入りに登録
NewsGator Onlineへ追加
Subscribe in Rojo
Add to FeedShow
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ