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交わりを持つようになるためです
Iヨハネ 1:1-10

 「あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。」(3)

 初めからあったいのちの御言葉がこの地に来られました。著者である使徒ヨハネはその御言葉を聞いて、見て、さわりました。その御言葉は人間の体でこの世に来られた神様の御子イエス・キリストです。著者がイエス様を伝える理由は何でしょうか。「あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。」。罪は人々に交わりの断絶をもたらしました。人が孤独と悲しみの中にいるのは神様と人との間での交わりが断たれたからです。イエス様が人の体で来られたのは、断たれた交わりを回復させるためです。イエス様に出会った時、神様との交わりが回復します。神様と、イエス様と共にいる聖徒たちの交わりが甦るのです。この交わりの中にはこの世では味わうことのできない満たされた喜びがあります。
 イエス様は私たちに「神様は光である」というメッセージを伝えました。神様と交わる人生は光の中に歩んでいくことです。光の中に生きるとは、罪のない生活というものではありません。罪を告白し、悔い改めながら生きて行くことです。人は弱く、あるいは悪いので罪を犯します。私たちが「罪はない」と言えば、それは偽りであり、暗闇の中に自分を隠すことです。罪人であることを認め、犯した罪を神様の御前で告白すれば、光の中に生きるようになります。神様は私たちが罪を告白した時、私たちの罪を赦してくださいます。その御子イエス様の血で私たちを全ての不義からきよめてくださいます。悔い改め、赦され、イエス様の血できよめられれば、神様と交わる幸福で満ちた人生を生きるようになります。

祈り:主よ!私が、御言葉として来られたイエス様を迎え入れ、光であられる、あなた御自身との交わりの喜びの中で生きることができますように。私を御導きください。

一言:神様と共に、イエス様と共に
カテゴリ:新約聖書::ヨハネの手紙第一

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女と竜
黙示録 12:1-17

 「自分が地上に投げ落とされたのを知った竜は、男の子を産んだ女を追いかけた。」(13)

 使徒ヨハネは太陽を着たひとりの女の幻を見ました。その女の足の下には月がありました。頭には十二の星の冠をかぶっています。その女は神様の教会です。女が産む男の子は将来鉄の杖ですべての国々の民を牧する神様の御子イエス・キリストです。竜はサタンです。サタンは産もうとしている女の前で、その子どもを食い尽くそうと待っていました。しかしイエス・キリストの誕生を妨害したサタンの計画は失敗に終わりました。キリストは生まれてから死ぬまで、ご自分のいのちを惜しまずに、救いの御業を完成させました。また天に上られ、完全な勝利を宣布されました。そのため神様に属する私たちは喜び、神様に賛美します。
 イエス・キリストが勝利されることで、サタンは天から追い出され、権力の基盤を失いました。今サタンは女が産んだ男の子である神様の教会を攻撃します(13)。そのためこの地で信者たちは多くの苦難と迫害を受けます。試みと誘惑を受けます。しかし神様は、神様の知恵と力で私たちを徹底的に守ってくださいます。サタンは最後の決戦を準備します。ところがむしろ最後のさばきを受けます。神様は、決して神様の所有である私たちを、サタンから奪われません。むしろ永遠の鎖によってサタンを縛ってしまいます。私たちの戦いはすでに勝利が保障されている戦いです。ですから私たちはこのことを信じ、この地で霊的な戦いをして行くべきなのです。

祈り:主よ!私が勝利した主イエス・キリストを信じ、もはや勝利が保障された霊的な戦いに出て行くことができますように。私を導いてください。

一言:すでに勝利した戦い
カテゴリ:新約聖書::ヨハネの黙示録

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収穫感謝祭
詩篇 95:1-11

 「感謝の歌をもって、御前に進み行き、賛美の歌をもって、主に喜び叫ぼう。」(2)

I.主に向かって、喜び歌おう(1-7)
 詩人は歌います。「さあ、主に向かって、喜び歌おう。われらの救いの岩に向かって、喜び叫ぼう。」(1)。私たちは主に進み出る時、喜び歌い、感謝の歌をもって、御前に出て行かなければなりません。なぜなら神様は私たちに救いの岩になるからです。また神様は海と陸地と私たちをお造りになった大いなる神様です。神様は羊を顧みる羊飼いのように私たちを顧みてくださいます(7)。私たちを養育してくれる肉親の恵みだけでも、どれだけ大きなものでしょうか。しかし私たちのいのちを造られ、今まで保護し供給し、養育してくださった主の恵みはどれだけ大きいものでしょうか。収穫感謝祭の朝、私たちの羊飼いである神様に感謝し、ひれ伏しましょう。

II.あなたがたの心をかたくなにしてはならない(8-11)
 詩篇の著者は感謝の賛美と共に、神様の警告を話します。メリバとマサでの日のように、「心をかたくなにしてはならない」と警告します(出17:1-7)。彼らは神様に対する不信仰によって、神様を試み敵対して、神様の安息に入って行くことができませんでした。不信仰と不従順は神様を悲しませます(10)。私たちが口では神様を賛美し感謝しても、不信仰と不従順で心をかたくなにするなら、それは本当の感謝の礼拝になりません。信頼と従順の心で、神様に完全な感謝をささげなければなりません。

祈り:主よ!この時間、主が私を養ってくださった全ての恵みを覚えます。私が不信仰を悔い改め、神様に感謝します。

一言:感謝の歌を持って、御前に出て行こう
カテゴリ:旧約聖書::詩篇

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ふたりの証人
黙示録 11:1-13

 「わたしがわたしのふたりの証人に許すと、彼らは荒布を着て」(3)

 神様はヨハネに「神の聖所を測れ。」と命じられました。ところが「聖所の外の庭は測ってはいけない。」と言われました。なぜなら異邦人たちが四十二ヶ月の間踏みにじるからです。神様は彼らをすぐにさばかれることより、むしろ福音を伝える機会とされました。これを通してふたりの証人をお立てになります。ふたりの証人は、単に二人の証人と言う意味ではなく、その証が真実であることを言っています。神様は福音を伝える者に預言する権威を与えられました。敵に打ち勝つ権威をくださいました。地を支配する権威をくださいました。証人たちはこの権威で、異邦人たちに福音を伝える使命を担います。しかし証が終わった時、敵は証人たちを殺します。証人たちの死体は道ばたで、人々の見せ物になります。むしろ証人たちの死を喜び、悔い改めません。このような証人たちの人生は、十字架で死なれたイエス・キリストに従う人生です。
 しかし証人たちの人生は死で終わるものではありません。三日半の後、神様からいのちの息が証人たちの死体に入り込みます。神様は彼らにいのちを与えられ、生き返らせます。天に上り、永遠に神様の御国の栄光を得させます。人々は福音を伝える私たちを無視します。あざ笑い、時には迫害します。私たちはこのような苦難を避けたい時が多くあります。しかし私たちが受ける苦難は短く、栄光は永遠のものです。それで私たちは神様がくださった権威を持って、福音を伝えることに力を入れなければなりません。賞をくださる神様を仰ぎ見て、死に至るまで忠実でなければなりません。

祈り:主よ!私が証人の人生を生きようとする時、痛みと苦難がありますが、賞をくださる主を仰ぎ見て、最後まで献身するように助けてください。

一言:証人の権威と栄光
カテゴリ:新約聖書::ヨハネの黙示録

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神の奥義は成就する
黙示録 10:1-11

 「神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」(7)

 ヨハネが見ると、もう一人の強い御使いが雲に包まれ、天から降りて来ました。頭上には虹がありました。その顔は太陽のようであり、足は火の柱のようでした。この御使いは、小さな巻き物を手に持ちました。イエス様は神様の御国を建てるために奥義を持っておられます。イエス様は、右足は海の上に、左足は地の上に置かれました。これは主が持って来られるメッセージが全地に至ることを意味します。イエス様は神様の御前で誓って言われました。「もはや時が延ばされることはない。第七の御使いが吹き鳴らそうとしているラッパの音が響くその日には、神の奥義は、神がご自身のしもべである預言者たちに告げられたとおりに成就する。」。世を見る時、いつまでも続くかのように思えます。しかし福音の奥義の通り、必ず終末の時が来ます。主は言われたことを、必ず成し遂げられます。私たちはこの福音の奥義を全地に宣べ伝えるべきです。さばきからの救いを得るようにすべきなのです。
 声がヨハネに話しかけて来ました。「それを取って食べなさい。それはあなたの腹には苦いが、あなたの口には蜜のように甘い。」。ヨハネが聞き従って取って食べると、口には蜜のように甘いものでした。しかし食べてしまうと、腹は苦くなりました。私たちが神様の奥義である福音を知るようになれば、それは蜜のように甘いです。しかし福音を消化して、福音の真理に従って生きようとする時、苦痛が伴います。また福音を伝えようとする時も、苦痛が伴います。それにも関わらず、私たちはこの福音を宣べ伝えるべきなのです。福音の奥義は必ず成し遂げられるのです。

祈り:主よ!あなたのの奥義は必ず成就することを信じます。私がこの福音を宣べ伝えることに力を尽くすようにお助けください。

一言:奥義は成就します。
カテゴリ:新約聖書::ヨハネの黙示録

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