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圧倒的な勝利者となるのです
ローマ 8:31-39

 「圧倒的な勝利者となるのです。」(37)

I.最も良いものをくださる神様(32)
 神様は、私たちが敵対していた時、ご自分の御子をさえ惜しまずに、私たち全てのために引き渡してくださいました。ところが神様の子どもとなった私たちのために、すべてのものをくださらないことがあるでしょうか。今まで神様は私たちに最も良いものをくださり、今も最も良いものを与えておられます。この神様の絶対的な愛を信頼する時、私たちは辛い世の中に打ち勝つことができます。

II.神様の愛から引き離すことはできません(33-39)
 主に在る私たちも、信仰によって生きて失敗し、他の人から批判されることがあります。その時、みずから罪に定めたり、不義に陥ってはいけません。私たちの裁判官である神様が「罪がない」と言われたのに、誰が私たちを罪に定めることができるのでしょうか。死者の中からよみがえられたイエス・キリストが今も神様の右の座に着かれ、私たちのためにとりなしていてくださいます。
 サタンは隙さえあれば、私たちを神様の愛から引き離そうとします。患難や苦しみを通して、迫害や飢えを通して、あるいは病やいのちの危険を通して、神様の愛を疑わせます。しかし私たちを愛してくださる神様を仰ぎ見る時、このすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者になることができます。私たちは、「死も、いのちも、そのほかのどんな被造物も、キリスト・イエスにある神様の愛から私たちを引き離すことはできない」ことを確信しています(38,39)。

祈り:主よ!私が生涯主の愛に対する確信の中で、最後の栄光に至るまで、勝利することを信じます。

一言:私たちは圧倒的な勝利者になる
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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働かせて益としてくださる神様
ローマ 8:26-30

 「神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、」(28)

I.弱い私たちを助けてくださる御霊(26,27)
 私たちは弱く、辛い世の中で、果たして信仰を守り、その栄光に達することができるのか、確信することができません。しかし御霊が弱い私たちを助けてくださいます。私たちは時には祈ろうとしますが、何をどのように祈ったらよいのか分からず、うんうんとうめきます。また神様の御旨が分からず、深い絶望とうめきの中で、ため息をする時もあります。しかしこのような時、私たちは言いようのない深いうめきの中で、私たちのために祈られる御霊に頼って、続けて祈らなければなりません。その時、御霊が私たちの代わりに、神様の御旨の通りに祈ってくださいます。

II.働かせて益としてくださる神様(28-30)
 私たちは信仰によって生きていると、逆境に会えば、神様の愛を疑い、絶望して、感情のまま生きてしまいがちです。しかし神様はご自分を愛する者、神様のご計画に従って召された人々のためには、神様がすべてのことを働かせて益としてくださいます(28)。私たちの人生の断面、断面は失敗したことのように思えても、神様は全体をご覧になり善を成して行かれます。私たちがこの神様の主権と愛を信じる時、ヨセフのようにどんな逆境の中でも勝利の人生を生きることができます。神様が私たち一人一人に置かれた御旨はその御子イエス様のかたちと同じ姿にしようとすることです。私たちを知っておられ、定められ、召されて、義と認められた神様が、私たちを必ず栄光あるものにしてくださいます。

祈り:主よ!私がすべてのことを働かせて益としてくださる神様を信じて、主がお与えになった道を大胆に歩むことができることができるように助けてください。

一言:働かせて益としてくださる神様
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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将来啓示されようとしている栄光
ローマ 8:18-25

 「将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないもの」(18)

 私たちは弱い肉体を着てこの世に生きながら、疾病、迫害によって苦難を受け、罪の誘惑と戦うために、使命を担うために苦難を受けています。時には「生」に対する望みを失うほど苦難を受けたりもします。しかし今の時の苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものです(18)。
 では将来私たちに啓示されようとしている栄光はどんなものでしょうか。それは今被造物も切実な思いで待ち望んでいるものであり(19-22)、また罪と律法から解放され、永遠のいのちを得た私たちクリスチャンも心の中でうめきながら、待ち望んでいることです(23)。
 それは「私たちのからだが贖われる」ことです。「からだの贖い」はイエス様の再臨の時に、万物の回復と共に、私たちのからだが朽ちず、汚れず、霊のからだに変えられることを言います(Ⅰコリ15:42-44,51-54)。
 その時に、私たちはこれ以上罪に陥らず、律法と死の勢力に打ち勝つ人生を生きるようになります。万物が解放された神様の御国で完全な自由を得て、主と共に永遠に生きるようになります。これが私たちクリスチャンの究極的な望みです。
 私たちはこの望みを受け入れることで救いを受けました(24)。この望みは放棄できない望みです。私たちは信仰の生活でどんな苦難があってもこの望みが成し遂げられるまで、忍耐を持って、熱心に待たなければなりません。

祈り:主よ!私は、主の御国が一日も早くこの地に臨んで、私たちのからだが救われ、万物が回復されることを望み、今の苦しみを担います。私の中にこの望みがいつも満ち溢れるように祈ります。

一言:私たちには栄光ある望みがある
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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神様の御霊に導かれる人
ローマ 8:9-17

 「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。」(14)

I.御霊によって、からだの行ないを殺しなさい(9-13)
 主に在る私たちはキリストの御霊を持った者です(9)。キリストの御霊が私たちの中にとどまる時、私たちのからだは、罪によって死んでいますが、私たちのたましいは御霊が与える義のゆえに生きています(10)。その時、私たちはどんな死の勢力にも打ち勝ち、美しく力ある人生を生きることができるようになります。また御霊は、イエス様を死者の中からよみがえらせたように、私たちのからだも永遠のからだへとよみがえらせてくれます(11)。しかし御霊によって歩まず、肉の思いによって生きるなら、私たちは死んでいるのです。私たちは御霊から負債を負った者として、からだの行ないを殺し、御霊によって生きるべきです(13)。

II.神様の御霊に導かれる人は(14-17)
 私たちがからだの行ないを殺して御霊の導きを受ける時、私たちに与えられる恵みとは何でしょうか。御霊は「養子の霊」であり、私たちにある恐怖の霊を退け、神様を「アバ、父。」と呼ぶことができるように、そして、いつでも愛の父の懐に入ってゆくことができるようにしてくださいます。そしてさらには、神様の子どもとして栄光ある神様の人格といのち、神様の御国といった、神様のすべてのものをキリストと共に相続する神様の相続人としてくださいます。神様の相続人とされたことは、比べるもののない、驚くべき恵みです。ですから、私たちは、キリストと共にあるどんな苦難でも喜んで担って行こうではありませんか。

祈り:主よ!私は、御霊に従って生きることが、いかに大きな特権であるのかを知りました。私が、自ら進んで肉の思い、体の行いを殺し、御霊によって生きることができますように、私を助け導いてください。

一言:御霊に従って、からだの行ないを殺しなさい
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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肉の思い、御霊による思い
ローマ 8:1-8

 「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。」(6)

I.罪に定められることは決してありません(1-4)
 キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません(1)。キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から私たちを解放したからです(2)。律法は私たちを義とすることができず、罪と死の下に置きました。しかし神様はその御子を肉体を持った人間としてお遣わしになり、私たちの罪をその方に担わせました。そしてその中で御霊に従って歩む者には律法の要求が全うするようにされました。御霊に従って歩む者は律法の精神まで守ることができるようになります。

II.いのちと平安をもたらす御霊による思い(5-8)
 御霊に従って歩んでいるかどうかは、その人の思いを見れば、分かります。罪の思いに従って歩む者は肉的なことを考えます。その考えはいつも自己中心的であり、肉の欲求を満足させようとします。しかし御霊に従う者はいつも神様の栄光を考え、神様の恵みを考えます。
 私たちがどんな考えをするかは非常に大切なことです。私たちは罪の願いに従って肉の思いを楽しみがちです。しかしこのような肉の思いは私たちを神様の敵にし、死に至らせます。しかし御霊による思いは私たちを神様に導き、いのちと平安をもたらせます。思いが運命を決定します。

祈り:主よ!御霊による思いがどれだけ大切であるのかを悟りました。私がいつも訪ねて来る肉の思いを退け、御霊による思いを持てるように助けてください。

一言:思いを治めよう
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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