2007年11月01日 (木)
IIペテロ 3:1-18
「しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。」(10)
I.水のさばきの歴史的なたとえ(1-7)
ノアの時代の人々は臨むさばきに関する神様の御言葉をあざ笑い、肉のまま生きました。しかし時になると、神様は言われたとおり、洪水によってこの世をさばかれました。神様の御言葉は地に落ちることなく成就しました。これは確かな歴史的なたとえです。
神様は、私たちが生きている天と地をさばかれることを、言われました(イザ66:15,16,ダニ7:10,マラ4:1,Ⅱテサ1:7)。歴史的に水のさばきが成就したように、火のさばきも成就します。私たちは歴史を知り、歴史の上に生きるべきなのです。
II.神様が忍耐深い理由(8-18)
事実、主のさばきが遅れているのではありません。神様の御前では、一日が千年のようであり、千年は一日のようです。神様が忍耐深い理由は、誰も滅びず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるからです。決して、さばきがない、(さばきを)遅らせていると、思ってはいけません。
しかし神様がいつまでも耐え忍ばれるのではありません。主の日は盗人のようにやってきます。だれも予期しなかった時に、突然やって来ます。その日には、天は大きな響きを立てて消えうせ、天の万象と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。宇宙のすべての法則と秩序が崩れてしまいます。それで私たちは主の日が臨むことを切に慕い求め、望みの中で聖なる行ないと敬虔な生活をすべきです。また救い主イエス・キリストの恵みと、その方を知る知識によって成長して行くべきなのです。
祈り:主よ!私は、あなたの栄光ある再臨とさばきを信じます。あなたの日を慕い求め、目をさまし、身を謹んで生きるように、助けてください。
一言:主の前に、傷もなく汚れもなく、出て行きます。
「しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。」(10)
I.水のさばきの歴史的なたとえ(1-7)
ノアの時代の人々は臨むさばきに関する神様の御言葉をあざ笑い、肉のまま生きました。しかし時になると、神様は言われたとおり、洪水によってこの世をさばかれました。神様の御言葉は地に落ちることなく成就しました。これは確かな歴史的なたとえです。
神様は、私たちが生きている天と地をさばかれることを、言われました(イザ66:15,16,ダニ7:10,マラ4:1,Ⅱテサ1:7)。歴史的に水のさばきが成就したように、火のさばきも成就します。私たちは歴史を知り、歴史の上に生きるべきなのです。
II.神様が忍耐深い理由(8-18)
事実、主のさばきが遅れているのではありません。神様の御前では、一日が千年のようであり、千年は一日のようです。神様が忍耐深い理由は、誰も滅びず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるからです。決して、さばきがない、(さばきを)遅らせていると、思ってはいけません。
しかし神様がいつまでも耐え忍ばれるのではありません。主の日は盗人のようにやってきます。だれも予期しなかった時に、突然やって来ます。その日には、天は大きな響きを立てて消えうせ、天の万象と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。宇宙のすべての法則と秩序が崩れてしまいます。それで私たちは主の日が臨むことを切に慕い求め、望みの中で聖なる行ないと敬虔な生活をすべきです。また救い主イエス・キリストの恵みと、その方を知る知識によって成長して行くべきなのです。
祈り:主よ!私は、あなたの栄光ある再臨とさばきを信じます。あなたの日を慕い求め、目をさまし、身を謹んで生きるように、助けてください。
一言:主の前に、傷もなく汚れもなく、出て行きます。






