2007年09月28日 (金)
IIサムエル 16:1-14
「たぶん、主は私の心をご覧になり、主は、きょうの彼ののろいに代えて、私にしあわせを報いてくださるだろう。」(12)
I.ずるがしこいツィバ(1-4)
ダビデが亡命の道を歩んでいると、ヨナタンの子メフィボシェテに仕えるツィバが多くの贈り物を携えて、ダビデを慰めるために出て来ました。しかしその影には悪賢いたくらみがありました。彼は多くの贈り物でダビデを慰めることで、ダビデに、自分の誠意を信じさせた後、偽りを言いました。すなわち、メフィボシェテが『きょう、イスラエルの家は、私の父の王国を私に返してくれる。』と言ったと嘘つきました。ダビデはツィバの言葉を聞いて怒りのあまり、あまり深く考えずに「メフィボシェテのものはみな、今、あなたのものだ。」と言ってしまいました。いくら多くの贈り物をくれるからといっても、ツィバのような人には警戒しなければなりません。
II.のろいを神様に委ねたダビデ(5-14)
ダビデがバフリムという所に来た時、サウルの家の一族のひとりだったシムイがダビデを呪いました。彼は、神様がダビデを廃され、再びサウルの王家を立てられると思いました。アビシャイはそんなシムイを短剣で殺そうとしましたが、ダビデは、その呪いが、神様が彼に命じられたことである、と考えました(11)。自分から出た子どもでさえも、自分のいのちをねらっているのに、このベニヤミン人としてはなおさらのことだ、と言いました。そうしながらも、その一方では神様が自分の心をご覧になり、そののろいに代えて、しあわせを報いてくださることを信じました。ダビデは人から受けた全ての蔑みと苦しみを直接はらさずに、神様に委ねました。
祈り:主よ!私が人々からどのような扱いを受けても、感情のままに行なわず、ただただ、全てをあなたの委ねます。私を統治してください。
一言:のろいに代えて、しあわせを報いてくださる
「たぶん、主は私の心をご覧になり、主は、きょうの彼ののろいに代えて、私にしあわせを報いてくださるだろう。」(12)
I.ずるがしこいツィバ(1-4)
ダビデが亡命の道を歩んでいると、ヨナタンの子メフィボシェテに仕えるツィバが多くの贈り物を携えて、ダビデを慰めるために出て来ました。しかしその影には悪賢いたくらみがありました。彼は多くの贈り物でダビデを慰めることで、ダビデに、自分の誠意を信じさせた後、偽りを言いました。すなわち、メフィボシェテが『きょう、イスラエルの家は、私の父の王国を私に返してくれる。』と言ったと嘘つきました。ダビデはツィバの言葉を聞いて怒りのあまり、あまり深く考えずに「メフィボシェテのものはみな、今、あなたのものだ。」と言ってしまいました。いくら多くの贈り物をくれるからといっても、ツィバのような人には警戒しなければなりません。
II.のろいを神様に委ねたダビデ(5-14)
ダビデがバフリムという所に来た時、サウルの家の一族のひとりだったシムイがダビデを呪いました。彼は、神様がダビデを廃され、再びサウルの王家を立てられると思いました。アビシャイはそんなシムイを短剣で殺そうとしましたが、ダビデは、その呪いが、神様が彼に命じられたことである、と考えました(11)。自分から出た子どもでさえも、自分のいのちをねらっているのに、このベニヤミン人としてはなおさらのことだ、と言いました。そうしながらも、その一方では神様が自分の心をご覧になり、そののろいに代えて、しあわせを報いてくださることを信じました。ダビデは人から受けた全ての蔑みと苦しみを直接はらさずに、神様に委ねました。
祈り:主よ!私が人々からどのような扱いを受けても、感情のままに行なわず、ただただ、全てをあなたの委ねます。私を統治してください。
一言:のろいに代えて、しあわせを報いてくださる






