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心をご覧になる神様
Iサムエル 16:1-13

 「人はうわべを見るが、主は心を見る。」(6)

I.主の御言葉の通りに行なったサムエル(1-5)
 サウルのことでサムエルは深い悲しみに陥りました。しかし神様はサムエルに救いの御業のために新しい人を立てることを命じ、エッサイの息子たちの中から王を立てるように言われました。サムエルが現在の王であるサウルを差し置いて、新しい王を立てることは大変危険なことでした。サウルが聞けば、殺そうとするからでした(2)。しかしサムエルは人を恐れることより、神様の御言葉に聞き従いました。

II.心をご覧になる神様(6-13)
 エッサイの家に行き、その息子たちに会った時、サムエルは長子エリアブが気に入りました。しかし神様は言われます。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」(7)。うわべを見るなら、断然サウルです(9:2)。しかしその心がねじれ曲がった時、神様は彼を用いることができませんでした。反面ダビデはエッサイの末の子であり、羊を飼う牧童として、人々の目に留まりませんでした。彼は背も高くなく、うわべも指導者としての品位が備わっていない幼い少年でした(12)。しかし神様は、ダビデが心から神様を愛し、神様の御旨に従って生きようとする彼の心をご覧になりました。私たちはいつもうわべで判断します。しかし神様は心をご覧になる方です。私たちも神様のように心を見ることができる人にならなければなりません。また私自身が心の中心のある人にならなくてはいけません。

祈り:主よ!私のうわべではなく、私の心をご覧になり感謝します。私が他のことはできなくても、心を主に向けますので、私を用いてください。

一言:心をささげます。
カテゴリ:旧約聖書::サムエル記第一

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