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立ち上がった敵たち
エズラ記4:1-24

 神様の御業が成し遂げられようとするときには、そこに敵が立ち上がります。目に見える敵ばかりではありません。私たち自身の心の内に潜む敵もあります。そうした敵に妥協し、あるいは流されてしまえば御業は成し遂げられないのです。敵を退ける時にこそ、神様の御業が起きるのです。

I.断固拒んだイスラエルのかしらたち(1-3)
 イスラエルが主のために神殿を建てていると聞いて、故国に残っていた者たちが来ました。彼らは捕虜にならず、その地に残って神様と外国の神々を同時に仕えた者たちでした(Ⅱ列17:33)。今彼らはイスラエルのかしらたちのところに進み出て、「一緒に神殿を建てたい。」と提案しました。その時イスラエルのかしらたちは断固拒みました。「私たちの神のために宮を建てることについて、あなたがたと私たちとは何の関係もない。」(3)。
 神様の御業を成し遂げるのには妥協は禁物です。たとえ苦難があったとしても、いいかげんに妥協するべきではありません。なぜなら妥協が罠となるものだからです。

II.しつこく妨害する敵たち(4-24)
 敵たちは自分たちの好意を拒絶されると、本性が現われました。議官を買収して、ユダの民の気力を失わせることで、御業を妨害して遅延させました。そればかりか、主の神殿を建てているのに、町や城壁を再建していると巧妙な作り話をして、アルタシャスタ王をそそのかしました(12)。そして権力を背景に立ち回り、結局は御業を中止させてしまったのです(24)。
 敵の目的は御業を妨害することではなく、御業を中断させることにあります。だからこそ、そうなる前に必ず退けなければならないのです。

祈り:主よ!私が敵を恐れて簡単に妥協をしようとしていた罪を悔い改めます。多少の痛みと犠牲があっても、敵と妥協しません。避けずに立ち向かいます。私に力をください。

一言:妥協は禁物

カテゴリ:旧約聖書::エズラ記

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