2007年07月10日 (火)
ローマ 15:1-13
「キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。」(7)
I.力のない人たちの弱さをになうべきです(1-6)
私たちの信仰生活で、よく問題になるのは、聖徒たちの間で一つになることができないことです。使徒パウロはこの問題を解決するために、互いにイエス・キリストを見習うように教えています。
力のある者は自分を喜ばせるために好き勝手に行なってはいけません。力のない人たちの弱さを担い、隣人を喜ばせ、善を行ない、徳を高めなければなりません。イエス様は、ご自身を喜ばせることはなさいませんでした。むしろ罪人たちのためにそしりを受けられました。私たちはこのイエス様を見習わなければなりません。私たちは自分を喜ばせず、隣人を喜ばせるためには、しばしば悔しい思いもするかも知れません。しかしイエス様を望みにすべきなのです。
II.神様の栄光のために(8-13)
イエス様はイスラエルの民のしるしである割礼を受けられました。それはキリストをイスラエルの中に遣わされる神様の真実な約束を堅くするためでした。それだけではなく、イエス様は異邦人たちに憐れみを施されました。それは国々が主に感謝し、主の御名をほめたたえ、神様の民とともに喜ぶという神様の御言葉を成就するためでした。イエス様はこのようにイスラエルも受けいれ、異邦人たちも受け入れてくださることで、神様に栄光をささげました。それで私たちも一つとなり、神様の栄光のために、互いに受け入れなければなりません。
祈り:主よ!私がイエス様を見習い、力のない人を受け入れます。私たちが互いに受け入れることで、一つとなり、神様の栄光となるように祈ります。
一言:互いに受け入れなさい
「キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。」(7)
I.力のない人たちの弱さをになうべきです(1-6)
私たちの信仰生活で、よく問題になるのは、聖徒たちの間で一つになることができないことです。使徒パウロはこの問題を解決するために、互いにイエス・キリストを見習うように教えています。
力のある者は自分を喜ばせるために好き勝手に行なってはいけません。力のない人たちの弱さを担い、隣人を喜ばせ、善を行ない、徳を高めなければなりません。イエス様は、ご自身を喜ばせることはなさいませんでした。むしろ罪人たちのためにそしりを受けられました。私たちはこのイエス様を見習わなければなりません。私たちは自分を喜ばせず、隣人を喜ばせるためには、しばしば悔しい思いもするかも知れません。しかしイエス様を望みにすべきなのです。
II.神様の栄光のために(8-13)
イエス様はイスラエルの民のしるしである割礼を受けられました。それはキリストをイスラエルの中に遣わされる神様の真実な約束を堅くするためでした。それだけではなく、イエス様は異邦人たちに憐れみを施されました。それは国々が主に感謝し、主の御名をほめたたえ、神様の民とともに喜ぶという神様の御言葉を成就するためでした。イエス様はこのようにイスラエルも受けいれ、異邦人たちも受け入れてくださることで、神様に栄光をささげました。それで私たちも一つとなり、神様の栄光のために、互いに受け入れなければなりません。
祈り:主よ!私がイエス様を見習い、力のない人を受け入れます。私たちが互いに受け入れることで、一つとなり、神様の栄光となるように祈ります。
一言:互いに受け入れなさい






