2007年06月28日 (木)
ローマ 9:14-29
「わたしは自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ。」(15)
I.あわれまれる神様(14-18)
神様は、御自身のあわれむ者をあわれみ、御自身のいつくしむ者をいつくしまれます。神様は全能なる創造主であり、全ての人間をご自分の良い御旨と目的の中で創られました。神様は驕り高ぶるパロを通してさえも、ご自分の良き御業を成し遂げられました。神様は大いなる憐れみによって、何の対価も払えない私たちを選んでくださり、私たちを尊び、ご自分の救いの御業に用いてくださいます。神様の憐れみの故に、私たちは召し出されたのです。
II.陶器を作る者と土のたとえ(19-29)
神様が心をかたくなにされ、心がかたくなな者をさばかれるのなら、神様にあやまちがあるのではないのか・・・そのように、人々は考えるかも知れません。しかし私たちは神様を責めるにも、文句を言うにも、ふさわしくない者です。なぜなら、神様は「土器を作る者」であり、私たちは「土のかたまり」に過ぎないのだから。土器を作る者は土のかたまりを用いて自由に様々な種類の器を作ることができ、また気に入らない器を任意に壊すことができるのです。とはいえ、神様の主権は善です。神様は怒りの器である異邦人たちを滅ぼさずに、長い間耐え忍ばれ、あわれまれ、神様の子どもとして立ててくださいました。またあわれみの器はイスラエルの中に残された者です。神様は彼らを通してその豊かな栄光をお示しになられます。神様の主権は絶対的であり、神様は、その主権を善なる目的に向けて正しく行使されるのです。
祈り:主よ!怒りの器を、今はあわれみの器としてくださり、ありがとうございます。この恵みを、いつも覚えて生きて行くことができますように、私を御守りください。
一言:神様の良き主権
「わたしは自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ。」(15)
I.あわれまれる神様(14-18)
神様は、御自身のあわれむ者をあわれみ、御自身のいつくしむ者をいつくしまれます。神様は全能なる創造主であり、全ての人間をご自分の良い御旨と目的の中で創られました。神様は驕り高ぶるパロを通してさえも、ご自分の良き御業を成し遂げられました。神様は大いなる憐れみによって、何の対価も払えない私たちを選んでくださり、私たちを尊び、ご自分の救いの御業に用いてくださいます。神様の憐れみの故に、私たちは召し出されたのです。
II.陶器を作る者と土のたとえ(19-29)
神様が心をかたくなにされ、心がかたくなな者をさばかれるのなら、神様にあやまちがあるのではないのか・・・そのように、人々は考えるかも知れません。しかし私たちは神様を責めるにも、文句を言うにも、ふさわしくない者です。なぜなら、神様は「土器を作る者」であり、私たちは「土のかたまり」に過ぎないのだから。土器を作る者は土のかたまりを用いて自由に様々な種類の器を作ることができ、また気に入らない器を任意に壊すことができるのです。とはいえ、神様の主権は善です。神様は怒りの器である異邦人たちを滅ぼさずに、長い間耐え忍ばれ、あわれまれ、神様の子どもとして立ててくださいました。またあわれみの器はイスラエルの中に残された者です。神様は彼らを通してその豊かな栄光をお示しになられます。神様の主権は絶対的であり、神様は、その主権を善なる目的に向けて正しく行使されるのです。
祈り:主よ!怒りの器を、今はあわれみの器としてくださり、ありがとうございます。この恵みを、いつも覚えて生きて行くことができますように、私を御守りください。
一言:神様の良き主権






