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アブラハムの信仰の足跡
ローマ 4:9-12

 「私たちの父アブラハムが・・・信仰の足跡に従って歩む者の父となるためです。」(12)

I.割礼を受けない者の先祖(9-11)
 アブラハムとダビデはみな割礼を受けたユダヤ人です。だとすれば、割礼を受けたユダヤ人だけが罪の赦しの恵みと幸いを得るのではないのか、という疑問が生じます。しかしパウロは割礼を受けても受けなくても信仰によって生きるなら恵みに与ることができるのだと言います。アブラハムが割礼を受けたのは、彼が九十九歳の時でした(創17:26)。ですが、彼は、信仰の歩みを始めたばかりの頃、神様に義と認められていたのです(創15:6)。すなわち彼は割礼を受ける前にすでに義と認められていました。彼が神様に義と認められたのは割礼によってではなく、信仰によってでした。アブラハムが割礼を受ける前に義と認められたことは、割礼を受けることができない異邦人たちも信仰によって義と認められるということを現しています。つまりは、誰でも信仰さえあれば、アブラハムとダビデのように罪の赦しの恵みを受け、幸いを得ることが出来るのです。

II.割礼のある者の父(12)
 そして、アブラハムは割礼のない者の先祖だけではなく、割礼を受けた者の先祖でもあります。アブラハムは割礼を受けたイスラエル民族の先祖だからです。彼は自分の罪の本性と世の欲望に押し流されることなく、神様の約束を信じ、割礼を受けました。彼は、多くの罪とあやまちを犯しましたが、信仰によって生きました。それ故に、彼は信仰によって生きる子孫たち全てに信仰の足跡を残すこととなりました。

祈り:主よ!信仰の先祖アブラハムに学びます。私もただ信仰によって生き、信仰の足跡を残すことができますように、御導きください。

一言:信仰の足跡
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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