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どうして自分自身を教えないのですか
ローマ 2:17-29

 「どうして、人を教えながら、自分自身を教えないのですか。」

I.自分自身を教えない偽善者たち(17-25)
 ユダヤ人たちは律法と形式にとらわれて神様を悲しませました。彼らは義人と自認し、律法に頼って神様の側にいることを誇りました。彼らは、盲人の案内人、愚かな者の導き手、幼子の教師を自認しました。しかし彼らの生き方は、実際には荒れ果てていました。彼らは他人を教えましたが、自分自身は教えませんでした。「姦淫するな」と言いながらも姦淫し、偶像崇拝を忌み嫌いながら神殿の物をかすめていたのです(22,23)。彼らの偽善的な生活は神様の御名を汚しました。
 信仰生活の長い人々は、知識は増えてそれをひけらかしても、自分自身を教えようとはしないという状態に陥る危険があります。それは、幼い信者たちや不信者たちを傷つけることであり、結果的に神様への冒涜なのです。ですから信じる者は、まず自分が神様に聞き従い、自分自身を教えるべきです。

II.形式主義に陥った人々(26-29)
 パウロは、律法を破ったユダヤ人たちの割礼は無意味であると主張します。割礼とは、神様の民になったというしるしです。しかしユダヤ人たちは割礼は受けましたが神様の御言葉に聞き従いませんでした。形式的な割礼は割礼と呼べるものではありません。彼らがこのようになったのは、神様の喜びに与ることよりも、人々の前に自らを誇ろうとしたためでした。

祈り:主よ!偽善と形式主義であなたの御名を汚した罪を悔い改めます。自分自身を教えます。この世での体面ではなく、あなたの喜びに与ることを求めます。

一言:日々、自分を教えよう
カテゴリ:新約聖書::ローマ人への手紙

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