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能なしの牧者
ゼカリヤ 11:1-17

 「ああ。羊の群れを見捨てる、能なしの牧者。剣がその腕とその右の目を打ち、その腕はなえ、その右の目は視力が衰える。」(17)

I.憐れな羊(1-14)
 当時の牧者たちは羊の群れを顧みませんでした。彼らは羊たちを売買して、自分たちの腹を満たすのに精一杯でした。羊の群れを憐れまず、愛しませんでした(5)。彼らは牧者という名前はありましたが、商売人のようであり、強盗のようでした。そのような牧者と共にいる羊の群れは本当に憐れです。羊は良い牧者に出会えば、豊かに肥え幸せに生きることができるのに、雇い牧者に出会えばがりがりにやせ、死ぬしかありません。今日私たちの周りには雇い牧者の口車に乗せられ、人生の道を失いさまよう憐れな羊が多くいます。彼らをイエス様に導こうとする時、最も必要なものは憐れむ心です。

II.能なしの牧者(15-17)
 神様の羊の群れを捨てた牧者は能なしの牧者です。彼らは迷い出たものを尋ねず、散らされたものを捜さず、傷ついたものをいやさず、飢えているものに食べ物を与えません。むしろ肥えた獣の肉を食らい、そのひづめを裂きました(16)。神様が能なしの牧者をさばかれることで、彼らの腕はなえ、目が衰えます。羊たちを顧みず、自分の腹だけ満たす能なしの牧者の最後は悲惨です。イエス様は私たち人間の良い牧者として来られました。イエス様は羊たちを憐れまれ、羊のために一つしかないいのちを十字架でお捨てになりました。このイエス様について行く時、私たちは本当のいのちと幸福を得て、羊たちの良い牧者として成長することができます。

祈り:主よ!キリストが羊を憐れんでくださった、そのように、私も、羊のために自分を捧げる牧者として生きることができますように。

一言:羊を憐れむ牧者
カテゴリ:旧約聖書::ゼカリヤ書

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