2007年01月30日 (火)
伝道者の書 3:16-22
「神は正しい人も悪者もさばく。」(17a)
I.正しい人も悪者もさばく(16,17)
世の中では、さばきの場にも不正があり、正義の場にも不正があります(16)。正義を行なわなければならない指導者たちが不正を行なう時、絶望し、憤り、彼らを憎んでしまいがちです。また自分も不正を行なってでも欲望のまま生きようとする誘惑を受けやすいです。
しかし正しい人と悪者をさばかれる神様の正義のさばきがあります(17a)。全ての営みとすべてのわざには時があるように、神様の正義のさばきの時が必ずあります(17b)。それで私たちは神様のさばきを意識して、正義を行なわなければなりません。また不正な者に対するさばきを神様にゆだねなければなりません。
II.人の子らの霊は上に上り(18-22)
人は死んで土に返る点で、獣と何の違いもありません。このような点で、人が獣より優れているものがなく、人もまたむなしい存在です(19)。しかし人は獣とは違い、死んでそのたましいは神様に上って行きます(21)。それで人生がむなしいと叫んで、獣のように生きてはいけないのです。人を獣のような存在として見る時、神様が主となる人間の尊厳と偉大性を喪失し、神様の前で悪を行なうようになります。人は死んでも、その霊は神様のところに上って行きます。私たちはこれを知り、この地にいる間は神様を喜ばせる生活をしなければなりません。また生きている間、自分の仕事を楽しんで生きることが、祝福だと思わなければなりません(22)。
祈り:主よ!私が正義のさばきを行なわれる神様を恐れ敬い、正義に従って生きるように助けてください。
一言:神様の正義のさばきがある
「神は正しい人も悪者もさばく。」(17a)
I.正しい人も悪者もさばく(16,17)
世の中では、さばきの場にも不正があり、正義の場にも不正があります(16)。正義を行なわなければならない指導者たちが不正を行なう時、絶望し、憤り、彼らを憎んでしまいがちです。また自分も不正を行なってでも欲望のまま生きようとする誘惑を受けやすいです。
しかし正しい人と悪者をさばかれる神様の正義のさばきがあります(17a)。全ての営みとすべてのわざには時があるように、神様の正義のさばきの時が必ずあります(17b)。それで私たちは神様のさばきを意識して、正義を行なわなければなりません。また不正な者に対するさばきを神様にゆだねなければなりません。
II.人の子らの霊は上に上り(18-22)
人は死んで土に返る点で、獣と何の違いもありません。このような点で、人が獣より優れているものがなく、人もまたむなしい存在です(19)。しかし人は獣とは違い、死んでそのたましいは神様に上って行きます(21)。それで人生がむなしいと叫んで、獣のように生きてはいけないのです。人を獣のような存在として見る時、神様が主となる人間の尊厳と偉大性を喪失し、神様の前で悪を行なうようになります。人は死んでも、その霊は神様のところに上って行きます。私たちはこれを知り、この地にいる間は神様を喜ばせる生活をしなければなりません。また生きている間、自分の仕事を楽しんで生きることが、祝福だと思わなければなりません(22)。
祈り:主よ!私が正義のさばきを行なわれる神様を恐れ敬い、正義に従って生きるように助けてください。
一言:神様の正義のさばきがある






