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主の栄光の幻
エゼキエル 1:1-28

 「それは主の栄光のように見えた。」(28)

I.私は神々しい幻を見た(1-3)
 本書はエゼキエルによって記録されました。エゼキエルはB.C.598年バビロンの王ネブカデネザルの統治8年頃に、ユダの王エホヤキンと共にバビロンに捕囚として連れて行かれました。ユダは深い闇と絶望にの中にありました。そのような時に、カルデヤのケバル川で天が開け、神様の幻がエゼキエルに現われました。そして、神様の御言葉と、主の御手があったのです。神様は絶望するユダの民を救うために、エゼキエルを御言葉のしもべとしてお立てになりました。

II.それは主の栄光のように見えた(4-28)
 エゼキエルは、神様の幻の中で、四つの生きものと四つの輪を見ました。四つの生きものはおのおの四つの顔を持っていましたが、それは神様の摂理と監視とがあらゆる場所に及んでいることを示しています。また四つの生きものの姿は燃える炭、たいまつのように見えましたが、それは純潔を意味しています。四つの輪は生きものが動くとおりに動き、生きものは霊が行くところに行きました。これは世のすべてのものが神様の御旨の通りに動いていることを象徴しているのです。
 エゼキエルはさらに大空のはるか上の王座に着座された神様の御姿を見ました。彼が見た王座は栄光と恵み、勝利と統治、さばきの王座でした。それは、ユダや全世界は強大国バビロンによって左右されているようであっても、実は高い御座に着座された神様が御旨に従って歴史の歯車を回しておられることを教えています。

祈り:主よ!絶望する地上の民に、あなたの栄光をあらわしてください。人々に、新しい望みを与えてください。

一言:主の栄光を見る

カテゴリ:旧約聖書::エゼキエル書

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