HOME > 新約聖書 > ピリピ人への手紙 > キリストを得


キリストを得
ピリピ人への手紙 3:1-11

 「いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。」(8)

I.すべてのものをちりあくたと思うパウロ(8)
 当時ピリピ教会には律法を強調する割礼党がありました。彼らは人間的にすぐれたものになることが、救いを得るのに助けになると信じ、またそれを誇る人々でした。しかし人間的な背景・立場や律法的な熱心を語るとすれば、使徒パウロも彼らには劣りませんでした。しかしパウロはそのようないっさいのことを損と思っていたのです。なぜでしょうか。それは、キリストを知っていること、ただ、それだけが、すばらしいことであるのを、知っていたからです(8)。
 そして、さらに、パウロはすべてのものを捨てて、ちりあくたと思いました。それらのものは、キリストを得、まことの命を見出す上では、むしろ邪魔になることを、知っていたからです。

II.十字架と復活を得ようとするパウロ(10,11)
 パウロは、キリストと、その甦りの力とその苦しみとに与りたいと思いました(10)。甦りの力を得るために、日々殉教を覚悟して福音の御業に仕えました。彼は、理屈でキリストを知ることよりも、実生活を通して主イエス・キリストを得たいと願っていたのです。彼はすでに得たとも、完成したとも思わず、自らを誇ることをしませんでした。彼はただキリストを得るために、キリストに付き従ったのです。
 私たちは、何を目指して生きて行くべきなのでしょうか。それは、キリストを得、またそれを体験することです。この新しい年が、私たちにとって何よりもキリストを得る貴重な一年となりますように。

祈り:主よ!私にキリストを得るという霊的な望みを与えてください。私は、この一年を通じて、イエス・キリストの十字架と甦りを得るために、追い求めます。

一言:キリストを得る年

カテゴリ:新約聖書::ピリピ人への手紙

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加

  
カレンダー
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
<<   2008年 10月   >>
カテゴリ
プロフィール
RSSフィード

Add to Google
ADD TO Hatena::RSS
My Yahoo!に追加
Subscribe with livedoor Reader
PAIPO Readerへ追加
feedpathへ追加
gooリーダーへ追加
エキサイトリーダーに登録
HanRSSに追加
Bloglinesで閲読登録
Technorati お気に入りに登録
NewsGator Onlineへ追加
Subscribe in Rojo
Add to FeedShow
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ