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わたしの叱責に心を留めるなら
箴言 1:20-33

 「わたしの叱責に心を留めるなら」(23)

I.わたしの叱責に心を留めるなら(20-23)
 神様はわきまえのない者たちを立ち帰らせるために、人々が集まる所ではいつも御言葉を伝えられます。しかし人々は愚かさを好み、あざけりを楽しみ、むしろ自分たちに必要なはずの知恵を憎みます。神様はこのような人々に「わたしの叱責に心を留めなさい。」(23a)と言われます。神様の叱責を聞いて悔い改める人は知恵ある者であり、望みがある者です。神様は立ち帰る者にどんな祝福を約束してくださいますか。「今すぐ、あなたがたにわたしの霊を注ぎ、あなたがたにわたしのことばを知らせよう。」(23b)。神様は謙遜に御言葉を聞いて立ち帰る者に御霊を注ぎ、神様の真理の御言葉を悟るようにしてくださいます。叱責された時、立ち帰ることが祝福の秘訣です。

II.わたしの叱責を受け入れなかった(24-33)
 神様自らが呼ばれたのに、聞く者はなく、手を広げて受け入れようとされたのに、顧みる者もいません。むしろ彼らは神様の教訓をさげすんで、神様の叱責を受け入れません。このような人々にはさばきの恐怖があらしのように襲い、大きな災難がつむじ風のように襲うようになります。このような人はいつも苦難と苦悩の中で生きていかなければなりません(27)。その時には神様に叫び求めても答えられず、いくら神様を捜し求めても、神様を見つけることはできません。傲慢は滅びに先立ちます。

祈り:主よ!驕り高ぶる者を見放すことなく、どこまでも愛し、叱責してくださることをありがとうございます。私は、あなたの叱責の御言葉の前にへりくだり、聞いて悔い改める者でありたいと思います。

一言:叱責を聞いた時、心に留めよ

カテゴリ:旧約聖書::箴言

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