HOME > 新約聖書 > ヘブル人への手紙 > 霊的な錨となる私たちの望み


霊的な錨となる私たちの望み
ヘブル 6:9-20

 私たちは、神様の約束をしっかりと握り締め、最後まで耐え忍ぼうではありませんか。神様の御国への約束、それは、決して変わることの無い、神様が御自身の御名にかけて誓われた約束なのですから。

I.神様の確かな約束(9-17)
 著者はヘブル人の聖徒たちに信仰の成長がみられないことを咎めたものの、その後、彼らを励ましています。彼らの愛の行いを、神様は決して忘れていないことを告げています。そして、彼らが、これからも愛に生き、望みを失うことがないように願っています。彼らが、信仰と忍耐によって約束のものを受け継ぐ者たちに倣う生き方を選ぶようにと願っているのです。神様はアブラハムに約束された時、御自身にかけて誓ってくださいました。ですから、その約束は守られたのです。アブラハムはこの約束の御言葉を握り締め、忍耐の末に、約束のものを得ました。

II.私たちの霊の錨となる望み(18-20)
 アブラハムへの約束、それを神様が御自身の名によって誓ってくださったという事実は、「神様の御国」を仰ぎ見、この世を疎んじる私たちにとって、力強い励ましとなります。
 19節をご覧ください。「神様の御国」への望み、それは、「私たちのたましいのために、安全で確かな錨の役を果たし、またこの望みは幕の内側にはいるのです。」(19) 錨とは船が流されて行くことのないように海の深い所に降ろされるものです。私たちのたましいのために錨が降ろされるのです。この世という海原に激しい波風が巻き起こっても、「神様の御国」を仰ぎ見る私たちのたましいは、決して揺れ動くことがありません。イエス・キリストは、私たちに先駆けて、この望みと共に神様の御国に入って行かれました。

祈り:主よ!あなたの御国への望みの中を生きて行きます。この望みは私のたましいの錨です。この望みをしっかりと握って、流されることがありませんように。私を力づけてください。

一言:御国への望み、それはたましいの錨

カテゴリ:新約聖書::ヘブル人への手紙

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加

  
カレンダー
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30   
<<   2010年 09月   >>
カテゴリ
プロフィール
RSSフィード

Add to Google
ADD TO Hatena::RSS
My Yahoo!に追加
Subscribe with livedoor Reader
PAIPO Readerへ追加
feedpathへ追加
gooリーダーへ追加
エキサイトリーダーに登録
HanRSSに追加
Bloglinesで閲読登録
Technorati お気に入りに登録
NewsGator Onlineへ追加
Subscribe in Rojo
Add to FeedShow
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ