2006年10月31日 (火)
ヘブル 4:14-5:10
ヘブル人への手紙の主題は「私たちの大祭司イエス・キリスト」であると言えます。イエス様こそが神様から召された私たちの永遠の大祭司なのです。それは、なぜでしょうか。
I.私たちの弱さを憐れまれるイエス様(4:14-16)
イエス様の本質は神様です。しかし、この御方は弱い肉体をまといました。そして、ついには、十字架で血を流されました。それは、みな、私たちの罪を贖うためでした。イエス様は、私たちの罪ととがを担ったのです。イエス様は、私たちの近くに来てくださいました。私たちと同じ弱さをもった姿で来てくださいました。この御方は、私たちのことを知っていて、憐れんでくださいます。この御方は、罪に陥ることはありませんでしたが、私たちと同じように試みに会われました。だからこそ、私たちは、この御方、イエス・キリストに信頼し、御前に出て行くことができるのです。憐れみを受け、折にかなった助けをうけるために。
II.苦難で従順を学ばれたイエス様(5:1-10)
大祭司は神様に仕えることを、人々に代わって行ない、人の罪の赦しのために、ささげ物といけにえをささげます。大祭司は、その職を、自らの力で得たのではありません。アロンのように、ただ神様から召されたのです。それは、キリストについても同様でした。イエス様は、自ら大祭司に就いたのではありません。神様が召されたのです。神様は言われます。「あなたは、わたしの子。」(5) また、別の個所で言われます。「あなたは、とこしえにメルキデゼクの位に等しい祭司である。」(6) しかしイエス様は人としてこの地におられた時、大きな叫び声と涙とをもって神様に祈られました。そして、イエス様は神様の御子でありながらも、多くの苦しみを通じて従順を学ばれました。そして、従順を通じて完全な者とされ、ご自分に聞き従う全てのものに永遠の救いをもたらす者となったのです。
祈り:主よ!この時間、私は、あなたを御迎えします。あなたは、大いなる御方、大祭司です。私が、あなたのように、苦しみの中にあっても、その苦しみを通じて従順を学ぶ者でありますように。
一言:私の弱さを担ってくださった大祭司
ヘブル人への手紙の主題は「私たちの大祭司イエス・キリスト」であると言えます。イエス様こそが神様から召された私たちの永遠の大祭司なのです。それは、なぜでしょうか。
I.私たちの弱さを憐れまれるイエス様(4:14-16)
イエス様の本質は神様です。しかし、この御方は弱い肉体をまといました。そして、ついには、十字架で血を流されました。それは、みな、私たちの罪を贖うためでした。イエス様は、私たちの罪ととがを担ったのです。イエス様は、私たちの近くに来てくださいました。私たちと同じ弱さをもった姿で来てくださいました。この御方は、私たちのことを知っていて、憐れんでくださいます。この御方は、罪に陥ることはありませんでしたが、私たちと同じように試みに会われました。だからこそ、私たちは、この御方、イエス・キリストに信頼し、御前に出て行くことができるのです。憐れみを受け、折にかなった助けをうけるために。
II.苦難で従順を学ばれたイエス様(5:1-10)
大祭司は神様に仕えることを、人々に代わって行ない、人の罪の赦しのために、ささげ物といけにえをささげます。大祭司は、その職を、自らの力で得たのではありません。アロンのように、ただ神様から召されたのです。それは、キリストについても同様でした。イエス様は、自ら大祭司に就いたのではありません。神様が召されたのです。神様は言われます。「あなたは、わたしの子。」(5) また、別の個所で言われます。「あなたは、とこしえにメルキデゼクの位に等しい祭司である。」(6) しかしイエス様は人としてこの地におられた時、大きな叫び声と涙とをもって神様に祈られました。そして、イエス様は神様の御子でありながらも、多くの苦しみを通じて従順を学ばれました。そして、従順を通じて完全な者とされ、ご自分に聞き従う全てのものに永遠の救いをもたらす者となったのです。
祈り:主よ!この時間、私は、あなたを御迎えします。あなたは、大いなる御方、大祭司です。私が、あなたのように、苦しみの中にあっても、その苦しみを通じて従順を学ぶ者でありますように。
一言:私の弱さを担ってくださった大祭司






