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福音を伝える者の苦難と栄光
Ⅱコリント 6:1-7:1

 「悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、」(10)

I.悲しんでいるようでも、いつも喜んでいる者(6:1-13)
 福音を伝える者として立てられた後、パウロは誰にでもつまづきを与えないように行動し、神様のしもべらしく多くの苦難を受けました(4)。彼は患難と貧しさとむち打たれる時と、入獄と暴動と、眠ることができない時と、飢え渇きを経験しました。そのような中でも、彼は純潔と忍耐と親切と聖霊と偽りのない愛と、真理の御言葉と神様の力とにより福音を宣べ伝えました(7)。彼はだます者のように見えても、真実であり、人に知られないようでも、よく知られ、死にそうでも、生きています。また、悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてのものを持っていました(10)。彼の人生は世の人々が見ると、苦難だけを受け、悲しく滅んでいくように見えました。しかし実際には栄光あるもので、喜びが満ちていました。

II.不信者と、つり合わぬくびきをいっしょにつけてはいけません(6:14-7:1)
 コリントの聖徒たちの中には、不信者とよく会って過ごしている人々がいました。パウロは彼らに不信者たちと一緒になってはならないと勧めました。なぜなら義と不法が一緒になることができず、光とやみが交わることができず、キリストとベリアル(サタン)が調和することができず、「神様の宮」と「偶像の宮」が一致しないからです(16)。私たちは生きておられる神様の宮です。それで私たちは世の人々とは違い、聖なる生活をしなければなりません(7:1)。

祈り:主よ!福音を伝える者は、外側は滅びる者のように見えますが、実際には勝利することを悟ります。私が苦難を甘んじて受けます。

一言:悲しんでいるようでも、いつも喜んでいる者

カテゴリ:新約聖書::コリント人への手紙第二

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