2006年10月01日 (日)
Ⅰコリント 15:12-19
「もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。」(13)
I.もし、死者の復活がないのなら(12-16)
ギリシヤ哲学の影響を受けた人々は、たましいの不滅を信じましたが、肉体の復活は信じようとはしませんでした。それは、彼らが、人間をたましいと肉体の二元論的な存在としてとらえ、肉体を悪いものとみなしていたからです。ですが、キリストは甦られました。死者の復活がありえるからこそ、キリストは甦られたのです。キリストは私たちと同じ肉体を持って、この地に来られました。そのキリストを、神様は甦らせてくださいました。それは、とりも直さず、死者の甦りの事実を証しているのです(15)。今日でも、主を信じると言いつつも、死者の甦りだけは信じられない人々がいます。ですが、それは、信仰を、単なる自己満足や自己実現の手段のようにみなしているのです。自分中心の信仰だからこそ、自分の理性で受け入れることのできない復活を信じることができないのです。しかしこうした人々は、死の限界の中にとどまっており、本当の希望に至ることができません。
II.キリストがよみがえらなければ(17-19)
キリストのよみがえりは、福音の根底にあるものです。もしキリストがよみがえらなければ、私たちの信仰はむなしく、私たちは今もなお、自分の罪の中にいることになります。福音の証人たちは皆、偽証者となり、主と福音のために苦しんだ信仰の先祖たちの献身も、みなむなしいものとなります。つまりは、主を信じる者は、単なる哀れな者に過ぎないこととなります。しかし、キリストは聖書に示されている通りによみがえられました。だからこそ、今もなお、数多くの人々がキリストの甦りを信じて、新しい命を得、罪の赦しの恵みに与り、甦りの生ける望みの中で生きているのです。
祈り:主よ!キリスト・イエスが甦られたという事実こそが、私の信仰の基です。私が今日も甦りの信仰に生きることができますように。
一言:甦りへの信仰こそ
「もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。」(13)
I.もし、死者の復活がないのなら(12-16)
ギリシヤ哲学の影響を受けた人々は、たましいの不滅を信じましたが、肉体の復活は信じようとはしませんでした。それは、彼らが、人間をたましいと肉体の二元論的な存在としてとらえ、肉体を悪いものとみなしていたからです。ですが、キリストは甦られました。死者の復活がありえるからこそ、キリストは甦られたのです。キリストは私たちと同じ肉体を持って、この地に来られました。そのキリストを、神様は甦らせてくださいました。それは、とりも直さず、死者の甦りの事実を証しているのです(15)。今日でも、主を信じると言いつつも、死者の甦りだけは信じられない人々がいます。ですが、それは、信仰を、単なる自己満足や自己実現の手段のようにみなしているのです。自分中心の信仰だからこそ、自分の理性で受け入れることのできない復活を信じることができないのです。しかしこうした人々は、死の限界の中にとどまっており、本当の希望に至ることができません。
II.キリストがよみがえらなければ(17-19)
キリストのよみがえりは、福音の根底にあるものです。もしキリストがよみがえらなければ、私たちの信仰はむなしく、私たちは今もなお、自分の罪の中にいることになります。福音の証人たちは皆、偽証者となり、主と福音のために苦しんだ信仰の先祖たちの献身も、みなむなしいものとなります。つまりは、主を信じる者は、単なる哀れな者に過ぎないこととなります。しかし、キリストは聖書に示されている通りによみがえられました。だからこそ、今もなお、数多くの人々がキリストの甦りを信じて、新しい命を得、罪の赦しの恵みに与り、甦りの生ける望みの中で生きているのです。
祈り:主よ!キリスト・イエスが甦られたという事実こそが、私の信仰の基です。私が今日も甦りの信仰に生きることができますように。
一言:甦りへの信仰こそ






