HOME > 新約聖書 > コリント人への手紙第一 > 異言よりも預言を


異言よりも預言を
Ⅰコリント 14:1-25

 「私はあなたがたがみな異言を話すことを望んでいますが、それよりも、あなたがたが預言することを望みます。」(5a)

I.それよりも、預言することを望みます(1-12)
 異言とは、人に話すものでなく、神様に話すもの、また自分の霊で奥義を話すものです。ですから、異言は、他の人々には理解できません。異言は、自分の徳を高めるものであり、教会の徳を高めはしません(4)。
 一方、預言は啓示された真理を明確な言葉で伝えるものであり、説教や御言葉の学びにあらわれます。預言は、全ての人々が理解することができます。それ故に、預言は人々の徳を高め、慰め、励ます力となるのです。ですから、異言のように他者に理解できない言葉に熱心になるよりも、神様の御言葉の深みに分け入り、その意味するところを悟り、信仰の幼い兄弟たちにたましいの糧を分け与えるために、より一層の力を注ぐべきなのです。

II.教会に徳を立てなさい(13-25)
 異言を語る者は、必ず解き明かすものを立てる必要があります。解き明かしがあれば、皆が、その内容を理解することができ、教会の徳を高めることに寄与するからです。教会のためには、異言で一万語話すより、知性を用いて五つのことばを話すべきなのです(19)。教会が聞き取れないことばで異言を語ってばかりいれば、初めて教会に来た人々は、気が変になった者の集まりだと思うでしょう(23)。ですが、教会で、御言葉が語られ、澄み切った精神で、御言葉の解き明かしがなされるならば、教会に初めて来た人々も罪を悔い改め、主に立ち返るでしょう。主の御言葉こそが、教会の徳を高めるのです。

祈り:主よ!私が、他人に理解できない賜物を誇ることよりも、あなたの御言葉を深く悟り、語り伝える者でありますように。

一言:一万語の異言より一言の預言を

カテゴリ:新約聖書::コリント人への手紙第一

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加

  
カレンダー
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30   
<<   2010年 09月   >>
カテゴリ
プロフィール
RSSフィード

Add to Google
ADD TO Hatena::RSS
My Yahoo!に追加
Subscribe with livedoor Reader
PAIPO Readerへ追加
feedpathへ追加
gooリーダーへ追加
エキサイトリーダーに登録
HanRSSに追加
Bloglinesで閲読登録
Technorati お気に入りに登録
NewsGator Onlineへ追加
Subscribe in Rojo
Add to FeedShow
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ