霊的な父パウロ
Ⅰコリント 4:14-17

 「キリストにある養育係が一万人あろうとも、父は多くあるはずがありません。」(15)

 パウロは、キリスト・イエスの福音によってコリントの聖徒たちを産み育てました。パウロは、コリントの聖徒たちの霊的な父親でした。単なる養育係のようなものではなかったのです。養育係は子どもたちに知識や教訓や真理を教えはします。ある程度まで助けますし、正しい道を教えることもします。しかし、最後まで責任を負うことはありません。
 しかし父は違います。父は子どもと切り離すことのできない存在です。父は子どもの幸せを願い、子どもが歩む道にどこまでも関心を持ち続け、最後まで見守り続けるのです。時にはさとし、しつけ、厳しく臨むこともありますが、それも、子どもの幸せを願うがためです。子どもの幸せのためならば、どんな犠牲も代価も惜しみなく払います。パウロの心もこういうものだったのです。
 コリント教会の中には養育係と称する者たちが多くいました。彼らはキリストにある教えを説いてまわりましたが、聖徒たちの霊的な問題について、あまり関心を払いませんでした。聖徒たちが驕り高ぶり、安逸、快楽ばかりを求めて、心が腐敗し、病んで行く姿が、養育係たちには見えていなかったのです。いや・・・、見えていながらも無関心だったのかもしれません。
 今日、若い人々が学ぶ場には、多くの養育係がいます。しかし、彼らのたましいの問題に深い関心を寄せる本当の父親、霊的な父親と呼べる存在がいません。そのために、多くのたましいがさまよっています。本当に求められているのは一万人の養育係ではなく、一人の霊的な父親なのです。パウロは兄弟たちのたましいに最後まで責任を持とうとしました。ただ単に御言葉を知識として教えるばかりの一万の養育係のうちの一人ではなく、彼らの霊的な父親として生きたのです。

祈り:主よ!私が、イエス・キリストに在って、一万の養育係のうちの一人のようなものではなく、使徒パウロのような霊的な父親として生きることができますように。

一言:霊的な父親として

カテゴリ:新約聖書::コリント人への手紙第一

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