主にあって誇れ
Ⅰコリント 1:26-31

 「『誇る者は主にあって誇れ。』と書かれているとおりになるためです。」(31)

I.神様の御業の方法(26-29)
 コリントの聖徒たちの中には、知恵のある者は多くはありませんでした。能力のある者や知者も多くはありませんでした。むしろこの世の中で、愚かな者、弱い者、取るに足りない者、貧しい者とされる人々が数多くいました。しかし神様は愚かな者を選ばれ、知恵ある者をはずかしめ、この世の弱い者を選ばれ、強い者をはずかしめ、この世の取るに足りない者や見下されている者、無に等しい者を選ばれ、有るものをない者のようにされたのです。それは、私たちがこの世に在って、神様の御前で誇ることのないようにするためでした。イエス様は言われました。「これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。」(ルカ10:21)。ですから、私たちは、此の世における自分自身の力(肉)を誇るべきではありません。また仮に人間的に見て不利な状況に置かれていたとしても、絶望する必要もありません。ただ、感謝すべきなのです。

II.主にあって誇れ(30,31)
 私たちがイエス様のうちにあるのは、ただ神様の恵みと愛のゆえです。イエス様のうちにある祝福を受けるために、私たちは何一つしませんでした。私たちのうちには、いかなる善も義もありません。ただ神様から出て来られたキリスト・イエスが私たちの義と聖めと、贖いとになってくださいました。私たちは人を誇るのではなく、イエス様を誇るべきです。

祈り:主よ!あなたは、弱く卑しい者を尊んでくださいまして、ありがとうございます。私の誇りは、ただあなただけです。

一言:イエス様こそを誇れ

カテゴリ:新約聖書::コリント人への手紙第一

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