2006年08月01日 (火)
マルコ 15:33-47
「神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。」(38)
I.十字架で息を引き取られたイエス様(33-41)
イエス様は十字架の苦痛のため、大声を上げて息を引き取られました(34)。イエス様は私たちの代わりに神様に捨てられる苦しみを味わったのです。私たちが受ける呪いの身代わりとなられたのです(ガラ3:13)。
イエス様が十字架で息を引き取られると、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けました(38)。神殿の幕の内側には、祭司たちでさえも入って行くことができませんでした。ただ大祭司だけが一年に一回、民を代表して贖罪の供え物をささげ、幕の内側に入り、罪の赦しに与るばかりでした。しかし、今、この幕が裂かれました。イエス様が裂かれたのと時を同じくして・・・。今や、誰でもイエス様を通して、神様に御前へと進み出ることができるのです。イエス様みずからが供え物となられ、もはや祭司を必要としません。イエス様のおかげで、神様の御前へと進み出るための、新しい生きた道が開かれたのです(ヘブ10:19,20)。一人の百人隊長は、イエス様が息を引き取られるのを見た時、こう告白しました。「この方はまことに神の子であった。」(39)。
II.墓に葬られたイエス様(42-47)
イエス様の死を見たアリマタヤのヨセフはピラトにイエス様の死体の下げ渡しを願いました。そして自分のために岩を掘って造っていた墓に納めました。その時、マグダラのマリヤとヨセフの母マリヤはイエス様の納められる所を、じっとみつめていました。イエス様が墓に葬られた時、私たちの罪も、また、墓に葬られたのです(ロマ6:4)。
祈り:主よ!十字架で自らのいのちを投げ出されて、救いの道を開いてくださった、あなたの愛を決して忘れはしません。
一言:十字架で一つになった
「神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。」(38)
I.十字架で息を引き取られたイエス様(33-41)
イエス様は十字架の苦痛のため、大声を上げて息を引き取られました(34)。イエス様は私たちの代わりに神様に捨てられる苦しみを味わったのです。私たちが受ける呪いの身代わりとなられたのです(ガラ3:13)。
イエス様が十字架で息を引き取られると、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けました(38)。神殿の幕の内側には、祭司たちでさえも入って行くことができませんでした。ただ大祭司だけが一年に一回、民を代表して贖罪の供え物をささげ、幕の内側に入り、罪の赦しに与るばかりでした。しかし、今、この幕が裂かれました。イエス様が裂かれたのと時を同じくして・・・。今や、誰でもイエス様を通して、神様に御前へと進み出ることができるのです。イエス様みずからが供え物となられ、もはや祭司を必要としません。イエス様のおかげで、神様の御前へと進み出るための、新しい生きた道が開かれたのです(ヘブ10:19,20)。一人の百人隊長は、イエス様が息を引き取られるのを見た時、こう告白しました。「この方はまことに神の子であった。」(39)。
II.墓に葬られたイエス様(42-47)
イエス様の死を見たアリマタヤのヨセフはピラトにイエス様の死体の下げ渡しを願いました。そして自分のために岩を掘って造っていた墓に納めました。その時、マグダラのマリヤとヨセフの母マリヤはイエス様の納められる所を、じっとみつめていました。イエス様が墓に葬られた時、私たちの罪も、また、墓に葬られたのです(ロマ6:4)。
祈り:主よ!十字架で自らのいのちを投げ出されて、救いの道を開いてくださった、あなたの愛を決して忘れはしません。
一言:十字架で一つになった






