2006年07月26日 (水)
マルコ 14:10-26
「これはわたしの契約の血です。多くの人のために流されるものです。」(24)
I.「わたしといっしょに食事をしている者が、わたしを裏切ります。」(10-21)
イスカリオテ・ユダは大祭司と金銭の約束を交わし、イエス様を引き渡す機会をうかがっていました。このような中、イエス様は弟子たちに過越の食事をするために準備をさせました。ユダの裏切りを知っておられたイエス様は、食事をする場所を秘密にされました。
食事の途中、イエス様は「あなたがたのうちのひとりで、わたしといっしょに食事をしている者が、わたしを裏切ります。」と言われました。イエス様は、ユダが悔い改めることを願っておられました。愛する弟子の裏切りに、イエス様はどれほどに心痛めたことでしょう。イエス様は裏切りに怒ることなく、滅びへと向かう魂に心を痛めておられたのです(21)。
II.わたしの契約の血です(22-26)
イエス様は過越の食事の最中、パンと杯を弟子たちに与え、これがわたしのからであり、わたしの血であると言われました。パンは、イエス様の御体を意味します。その体は、私たちのためにむちで打たれ、ずたずたに引き裂かれました。そして、杯は多くの人のために流される血、すなわち契約の血を意味します。「契約の血」は、神様が預言のなかで、約束された血であり、神様が真実な御方であることを示すものです。イエス様は、私自身の罪を贖うために、死に至るまで神様の御心に従い、血を流され、それによって神様の約束を成就されたのです。イエス様は、過越の子羊となりました。この最後の晩餐が、今も教会で守り続けられている聖餐式の起源です(Ⅰコリ11:23-26)。それは、イエス様の救いの恵みを覚えるためなのです。
祈り:尊い主よ!あなたの貴い御体は、この私のために引き裂かれ、血を流されたのですね。あなたの愛、あなた御恵みに、涙せずにはいられません。
一言:契約の血
「これはわたしの契約の血です。多くの人のために流されるものです。」(24)
I.「わたしといっしょに食事をしている者が、わたしを裏切ります。」(10-21)
イスカリオテ・ユダは大祭司と金銭の約束を交わし、イエス様を引き渡す機会をうかがっていました。このような中、イエス様は弟子たちに過越の食事をするために準備をさせました。ユダの裏切りを知っておられたイエス様は、食事をする場所を秘密にされました。
食事の途中、イエス様は「あなたがたのうちのひとりで、わたしといっしょに食事をしている者が、わたしを裏切ります。」と言われました。イエス様は、ユダが悔い改めることを願っておられました。愛する弟子の裏切りに、イエス様はどれほどに心痛めたことでしょう。イエス様は裏切りに怒ることなく、滅びへと向かう魂に心を痛めておられたのです(21)。
II.わたしの契約の血です(22-26)
イエス様は過越の食事の最中、パンと杯を弟子たちに与え、これがわたしのからであり、わたしの血であると言われました。パンは、イエス様の御体を意味します。その体は、私たちのためにむちで打たれ、ずたずたに引き裂かれました。そして、杯は多くの人のために流される血、すなわち契約の血を意味します。「契約の血」は、神様が預言のなかで、約束された血であり、神様が真実な御方であることを示すものです。イエス様は、私自身の罪を贖うために、死に至るまで神様の御心に従い、血を流され、それによって神様の約束を成就されたのです。イエス様は、過越の子羊となりました。この最後の晩餐が、今も教会で守り続けられている聖餐式の起源です(Ⅰコリ11:23-26)。それは、イエス様の救いの恵みを覚えるためなのです。
祈り:尊い主よ!あなたの貴い御体は、この私のために引き裂かれ、血を流されたのですね。あなたの愛、あなた御恵みに、涙せずにはいられません。
一言:契約の血






