2006年07月20日 (木)
マルコ 12:28-37
「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」(30)
I.神様の愛と隣人愛(28-34)
律法学者のうちの一人が、イエス様がパリサイ人とサドカイ人の議論にみごとに答えられたのを見て、感銘を受けました。そこで、彼は日頃疑問に思っていたことをイエス様に質問しました。「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」イスラエルには、十戒やモーセ五書のほかにも、言い伝えとして残されて来た戒めが多くありました。この全ての命令の中で、どれが一番大切な命令なのでしょうか。
一つ目は、「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」です(30)。そして二つ目は、「あなたの隣人をあなた身のように愛せよ。」です(31)。このような神様への愛と隣人愛が全ての律法の根底にあるのです。このような愛を学び行おうとする時、はじめて、すべての律法は生きたものとなるのです。律法を条目ごとに全て守ったとしても、そこに愛がなければ、単なる形式に過ぎず、偽善的な生活でしかありません。私たちは律法自体ではなく、その根底にある愛の戒めにこそ、目を向けるべきなのです。
II.ダビデの主、イエス・キリスト(35-37)
当時の律法学者たちは、キリストを、ダビデの子として考えました。つまりダビデのような一人の政治家として期待したのでした。しかしイエス様は詩篇の御言葉を引用して、ダビデがキリストを主と呼んでいるのに、どういうわけでキリストがダビデの子なのか、と証しされます(37)。キリストはダビデの主であり、全能なる神様と等しい御方なのです。
祈り:主よ!あなたの救いの愛で、私を満たしてください。心を尽くしてあなたを愛し、また、兄弟を愛する者となるように。
一言:主を愛し、隣人を愛する
「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」(30)
I.神様の愛と隣人愛(28-34)
律法学者のうちの一人が、イエス様がパリサイ人とサドカイ人の議論にみごとに答えられたのを見て、感銘を受けました。そこで、彼は日頃疑問に思っていたことをイエス様に質問しました。「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」イスラエルには、十戒やモーセ五書のほかにも、言い伝えとして残されて来た戒めが多くありました。この全ての命令の中で、どれが一番大切な命令なのでしょうか。
一つ目は、「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」です(30)。そして二つ目は、「あなたの隣人をあなた身のように愛せよ。」です(31)。このような神様への愛と隣人愛が全ての律法の根底にあるのです。このような愛を学び行おうとする時、はじめて、すべての律法は生きたものとなるのです。律法を条目ごとに全て守ったとしても、そこに愛がなければ、単なる形式に過ぎず、偽善的な生活でしかありません。私たちは律法自体ではなく、その根底にある愛の戒めにこそ、目を向けるべきなのです。
II.ダビデの主、イエス・キリスト(35-37)
当時の律法学者たちは、キリストを、ダビデの子として考えました。つまりダビデのような一人の政治家として期待したのでした。しかしイエス様は詩篇の御言葉を引用して、ダビデがキリストを主と呼んでいるのに、どういうわけでキリストがダビデの子なのか、と証しされます(37)。キリストはダビデの主であり、全能なる神様と等しい御方なのです。
祈り:主よ!あなたの救いの愛で、私を満たしてください。心を尽くしてあなたを愛し、また、兄弟を愛する者となるように。
一言:主を愛し、隣人を愛する






