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倒れている仮庵を起こされた神様
アモス書 9:1-15

 「その日、わたしはダビデの倒れている仮庵を起こし、その破れを繕い、」(11)

I.ひとりも逃れる者はなく(1-10)
 義なる神様は罪を犯した者を裁かざるを得ません。罪を見過ごすことはできないのです。逃げる者も、逃れる者もありません。たとえ、「よみ」に下ろうとも、「天」に上ろうとも、最も高い「カルメル山」の頂きに身を隠そうとも、「海の底」に身を隠そうとも、さばきからは決して逃れられないのです。神様はふるいをかけて、穀物をはかるようにさばかれます。その時もみがらは消えない火に、実は集めて倉庫に入れられます。ですから、私たちが実のような生き方を選ぶなら恐れることはありません。どんなに恐ろしいさばきも、私たちの前を過ぎ越します。

II.ダビデの倒れている仮庵を建て直す(11-15)
 「ダビデの倒れている仮庵」とは神様のさばきを受けて倒れたイスラエルを表します。神様がこれを「繕って建て直される」とは彼の霊を再びよみがえらせ、牧者の国へと回復させることを表しています。そして、実際、これらすべての御業は成し遂げられたのです。イエス・キリストが来られたことによって成し遂げられたのです。新しいイスラエルが回復しました。そのイスラエルとは、国籍を持つものとして出生したという肉体的な根拠によるものではありません。イエス様をキリストとして信じ、イエス様とつながった者によるものなのです。神様の救いの御業は、人の罪によって、妨げられるようなものではありません。神様は今も、ご自分の御言葉を聞き、従う者たちを通して、救いの御業を成し続けられているのです。

祈り:主よ!この時代の数多くの罪を考える時、心が痛くなります。ですが、あなたは、今も変らず、御業を成し続けられているのですね。私は、あなたを仰ぎ見ます。この国を、牧者の国として甦らせてください。

一言:新しいイスラエルの御業

カテゴリ:旧約聖書::アモス書

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