2006年04月16日 (日)
コリント人への手紙第一 15:50-58
「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(58)
I.死よ(50-57)
朽ちるものは朽ちないものを相続できず、血肉のからだは神の国を相続できません。それで私たちは終わりのラッパがなる瞬間、一瞬のうちに姿が変えられるようになるのです。「終わりのラッパ」はイエス様が再臨される時になります。イエス様が再臨すれば、死んだ者が朽ちない者に変えられ、私たちも変えられるのです。その時私たちは朽ちないもの、不死を着るようになるのです。この朽ちるものが朽ちないものを着る時には、「死が勝利にのまれた」としるされている御言葉が実現します。「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」(55)
今まで死はすべての人類の上に君臨し、治めて来ました。しかしキリストが再び来られるその日には死の権威が滅ぼされてしまうのです。従って、罪と律法もその力を失ってしまいます。
II.ですから(58)
主のわざを熱心にしても、労苦がむなしいものになるという被害意識に陥る人が意外にも多いのです。しかし私たちの主は死者の中から再びよみがえられ、将来この世に再び来られます。その日、私たちは朽ちない不死のからだを着て、永遠に天の御国で生きるようになるのです。私たちの労苦は主にあって決してむだではありません。それで私たちは動かされることなく、主のわざにいつも励むものでなければなりません。
祈り:主よ!死の権威を打ち滅ぼし、王の王となってくださったイエス・キリストを心からほめ称えます。あなたに信頼します。あなたの御業に用いてください。
一言:主のわざに励む
「ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。」(58)
I.死よ(50-57)
朽ちるものは朽ちないものを相続できず、血肉のからだは神の国を相続できません。それで私たちは終わりのラッパがなる瞬間、一瞬のうちに姿が変えられるようになるのです。「終わりのラッパ」はイエス様が再臨される時になります。イエス様が再臨すれば、死んだ者が朽ちない者に変えられ、私たちも変えられるのです。その時私たちは朽ちないもの、不死を着るようになるのです。この朽ちるものが朽ちないものを着る時には、「死が勝利にのまれた」としるされている御言葉が実現します。「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」(55)
今まで死はすべての人類の上に君臨し、治めて来ました。しかしキリストが再び来られるその日には死の権威が滅ぼされてしまうのです。従って、罪と律法もその力を失ってしまいます。
II.ですから(58)
主のわざを熱心にしても、労苦がむなしいものになるという被害意識に陥る人が意外にも多いのです。しかし私たちの主は死者の中から再びよみがえられ、将来この世に再び来られます。その日、私たちは朽ちない不死のからだを着て、永遠に天の御国で生きるようになるのです。私たちの労苦は主にあって決してむだではありません。それで私たちは動かされることなく、主のわざにいつも励むものでなければなりません。
祈り:主よ!死の権威を打ち滅ぼし、王の王となってくださったイエス・キリストを心からほめ称えます。あなたに信頼します。あなたの御業に用いてください。
一言:主のわざに励む






