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礼拝と感謝をささげた民
歴代誌第二 29:25-36

 「全集団は伏し拝み、歌うたいは歌い、」(28)

I.礼拝をささげた民たち(25-30)
 宮を聖別し、いけにえをささげた後、ヒゼキヤはレビ人たちに、シンバルと琴を持たせました。王の命令どおり、全焼のいけにえがささげられると同時に、彼らは主の歌を歌い、ラッパを吹いて、ダビデ王の楽器で演奏しました。全集団は神様に伏し拝み、歌うたいは歌いました。王とつかさたちも、ひざをかがめ、伏し拝みました。「伏し拝む」とは神様の御前でどこまでもへりくだり、聞き従うことです。民の礼拝と賛美は、決して強いられて行なったものではありませんでした。神様の愛と恵みに感激するあまり、礼拝し賛美せずにはいられなかったのです。

II.感謝のいけにえをささげた民たち(31-36)
 全焼のいけにえを終えた後、王は民たちに感謝のいけにえと和解のいけにえをささげるように命じました。すると集団はささげものと感謝のいけにえを持って来ました。そればかりではなく、心の願う者は満ち溢れるほど、感謝のいけにえを持って来ました。その数が多く、そのすべてのいけにえの皮をはぐのに、祭司が足りないほどでした。その時、レビ人たちがこの作業を助けましたが、祭司よりも直ぐな心があり、ほめたたえていました。民は確かな信仰を持つようになっていました。祭りの雰囲気を楽しむばかりではなく、自ら進んで感謝のいけにえをささげたのです。
 自分にあらゆるものを施してくださった神様の御恵みを覚える時、不平と不満は消え去り、全てのことに感謝し、自分の最も貴いものをも惜しまずにささげる者となります。

祈り:主よ!私の信仰の歩みが、固く渇いたものであったことを悔い改めます。あなたの御恵みをいつも覚え、感謝のうちに生きることができますように。

一言:いつも感謝を

カテゴリ:旧約聖書::歴代誌第二

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