2005年03月05日 (土)
ネヘミヤ記 13:15-31
今日の本文はペルシャ帝国から戻って来たネヘミヤが異邦文化に浸っていたイスラエルの民の信仰を改革した場面です。
I.安息日遵守の促し(15-22)
安息日を破る者は命を失うと定められている律法(出20:8-11,31:12-17)が存在していたにも関わらず、当時ユダの民たちは何のためらいもなく安息日を破りました(15,16)。彼らは安息日であっても、神様よりもこの世のことに心が奪われていたのです。ネヘミヤは彼らを戒めました。またイスラエルのおもだった人たちを詰問しました(17,18)。そして安息日の前、エルサレムの門に夕やみがせまると、扉を閉めました。主日を守ることについて、本文から私たちに示されている教訓は何でしょうか。それは、労働の量と生活の質が必ずしも正比例の関係ではないということです。私たちの苦労と汗は、神様が祝福してくださった時に初めて、豊かな生活へと通じるのです(詩127:1,2)。そして、神様が私たちの生活を祝福するためには、私たちが神様によって示されている生活の原則を遵守することが必要なのです。
II.異邦人との婚姻禁止(23-27)
ユダヤ人たちは、アシュドデ人、アモン人、モアブ人の女をめとっていました。その子どもの半分はアシュドデのことばを話しましたが、ユダヤのことばが分かりませんでした。彼らは他の国語を話しました。ネヘミヤは彼らを詰問してのろい、数人を打ち、その毛を引き抜きました。そして子どもたちを不信仰者と結婚させないと神様にかけて誓わせました。そしてソロモン王の例を挙げて、彼らの罪を悟らせました。
また大祭司エルヤシブの子エホヤダの子の一人がサヌバラテの婿になりました。ネヘミヤは彼を追放しました。神様の民は異邦文化に惑わされることなく、霊的な純潔を守る人なのです。
祈り:主よ!私が拝金主義や快楽主義の蔓延した此の世にあっても、あなたの民としての霊的な純潔を守り通すことができますように助け導いて下さい。
一言:神様の民としての純潔
今日の本文はペルシャ帝国から戻って来たネヘミヤが異邦文化に浸っていたイスラエルの民の信仰を改革した場面です。
I.安息日遵守の促し(15-22)
安息日を破る者は命を失うと定められている律法(出20:8-11,31:12-17)が存在していたにも関わらず、当時ユダの民たちは何のためらいもなく安息日を破りました(15,16)。彼らは安息日であっても、神様よりもこの世のことに心が奪われていたのです。ネヘミヤは彼らを戒めました。またイスラエルのおもだった人たちを詰問しました(17,18)。そして安息日の前、エルサレムの門に夕やみがせまると、扉を閉めました。主日を守ることについて、本文から私たちに示されている教訓は何でしょうか。それは、労働の量と生活の質が必ずしも正比例の関係ではないということです。私たちの苦労と汗は、神様が祝福してくださった時に初めて、豊かな生活へと通じるのです(詩127:1,2)。そして、神様が私たちの生活を祝福するためには、私たちが神様によって示されている生活の原則を遵守することが必要なのです。
II.異邦人との婚姻禁止(23-27)
ユダヤ人たちは、アシュドデ人、アモン人、モアブ人の女をめとっていました。その子どもの半分はアシュドデのことばを話しましたが、ユダヤのことばが分かりませんでした。彼らは他の国語を話しました。ネヘミヤは彼らを詰問してのろい、数人を打ち、その毛を引き抜きました。そして子どもたちを不信仰者と結婚させないと神様にかけて誓わせました。そしてソロモン王の例を挙げて、彼らの罪を悟らせました。
また大祭司エルヤシブの子エホヤダの子の一人がサヌバラテの婿になりました。ネヘミヤは彼を追放しました。神様の民は異邦文化に惑わされることなく、霊的な純潔を守る人なのです。
祈り:主よ!私が拝金主義や快楽主義の蔓延した此の世にあっても、あなたの民としての霊的な純潔を守り通すことができますように助け導いて下さい。
一言:神様の民としての純潔






