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神様と同じ憤激を覚えたピネハス
民数記 25:1-18

 「祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスは、わたしのねたみをイスラエル人の間で自分のねたみとしたことで、」(11)

I.みだらなことをし始めたイスラエル(1-5)
 シティム(ヨルダン川東方11Km地点)にとどまっていた時、イスラエルの民は、その地に居住していたモアブの娘たちとみだらなことをし始めました(1)。彼らはここでカナン征服の準備をすべきでした。しかし彼らのうち多くの者が使命を忘れ去り、情欲に陥り、外国の娘たちとみだらなことをし、彼らの神々を拝んでしまいました。彼らは、情欲を罠として自分たちの神々を拝ませるというバラムのたくらみに屈してしまったのです(31:16,黙2:14)。私たちがこの世の欲望に支配される時、小さな欲望もパン種のようにふくらみ、最後には、神の教会を無力化してしまいます。彼らは、白日のもとにさらし者にされ、そして殺されました(4,5)。小さな欲望は、最後には、その人の霊のいのちを失わせるという恐ろしい結果につながったのです。

II.自分のことのように神様の憤激を表したピネハス(6-18)
 罪を犯したイスラエルには疫病がはじまりました。民たちは天幕の入口で泣いていました。ところがこの時、一人の族長が外国の娘を連れて現れました。これを見て祭司ピネハスは怒りに燃え、槍を持って後を追って、彼らを殺しました。その時、疫病がやみました。ピネハスは、唯一の神様を愛し、神様を裏切る者に容赦がありませんでした。その結果として、他の多くのいのちを生かすようになりました。ピネハスは、神様の憤激を自分のことのように表しました。この神様への愛の故に、彼とその子孫には、大きな使命が与えられました。神様は彼を喜ばれ、彼とその子孫に永遠の祭司の職分を与えられたのです(13)。

祈り:主よ!みだらなことが、神の家にも入り込んではいないでしょうか。私に霊的な憤りをお与えください。あらゆる此の世の欲望と戦う力を得られるように。

一言:神様への愛の故の憤激

カテゴリ:旧約聖書::民数記

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