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砕かれたたましいで祈りを捧げたダビデ
詩篇 51:1-19

 「神へのいけにえは、砕かれたたましい。」(17)

I.私はただあなたに罪を犯し(1-6)
 ダビデは勝利の時、霊的な安逸に陥り、重大な罪を犯しました。バテ・シェバと姦淫を行い、さらには、その罪を隠蔽するために、彼女の夫である忠臣ウリアを殺害してしまったのです。彼は、この罪の重荷の故に苦悩していました。そして、ついに、預言者ナタンが来た時、自分の罪を告白しました。彼は、神様の前に立った時、自分が、いかに神様の御心からかけ離れた惨めな罪人であるかを思い知りました。彼は、もはや神様の慈しみに頼るしかありませんでした。彼は、ただ神様の憐れみを求めました。主が自分の罪を洗い去り、きよめてくださるように祈り求めました。彼は、神様が自分に真実な悔い改めを願われていることを知りました。

II.私にきよい心を造り(7-19)
 ダビデは自分自身の罪は、自分の力ではきよめられず、神様だけがきよめてくださると知っていました。彼は、神様の赦しを求めました。彼は祈りました。「神よ。私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。」(10)彼は、神様が、霊的な死の中にあった自分を甦らせ、御霊を豊かに注いでくださることを切望しました。神様との交わりが甦り、再び救いの喜びに与りたい、そして、罪の重荷を負っている人々に、救いの知らせを告げ知らせる者になりたいと願っていました。彼は、人は自分自身の行いや財産、権力によっては決して魂の救いを得られないことを思い知らされていました。事実、神様は目に見えるいけにえではなく、砕かれた心こそを喜ばれます。救いに与るためには、砕かれた心で、神様に進み出て行く他ないのです。その時、神様は、人の魂をつくり変え、きよい神様のいのちを与えてくださるのです。

祈り:主よ!私が砕かれた心で、あなたの御前に進み出て行くことができますように御助けください。

一言:主は砕かれた心を喜ばれる

カテゴリ:旧約聖書::詩篇

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