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今はあざ笑われて
ヨブ記 30:1-31

 「神は私を泥の中に投げ込み、」(19)

I.卑しい者のあざけりの歌となり(1-15)
 今は、ヨブが過去に卑しめていた者の子らが、ヨブを嘲笑っていました。彼らの父は、世間から追い出されて、うす暗い谷間の土の穴や岩の穴に住み、野の草を食べて飢えをしのいでいたような者たちでした。ヨブは、以前、彼らを、羊の群れを守る番犬と並べることさえもしませんでした。しかし、今、ヨブはその子らに嘲られていました。ヨブは、今や、自分が見下していた卑しい者となっていました。彼は卑しい者の気持ちを身を持って知ったはずです。そして同時に、過去、神様がお与えになった地位が、いかに尊いものであったかを知ったはずです。卑しい者になったとき、彼の自我は砕かれて行き、すべては神様の御手のうちにあることを悟りました。

II.神様は私を泥の中に投げ込み(16-31)
 今や、ヨブの魂は彼の内に溶けて流れ、骨にはえぐりとられるような苦しみがあり、日々、体を蝕まれていきました。彼は嘆きました。「神は私を泥の中に投げ込み、私はちりや灰のようになった。」(19)彼は、神様が彼を深い絶望に投げ入れ、蔑みを受ける者にされたことを知りました。彼は、泥の中から、神様に救いを叫び求めましたが、神様は答えられませんでした(20)。彼は自分の境遇に悲しみました(21-31)。しかし、そこには神様の深い御旨があったのです。ヨブには、義なる神様を信じ、その御旨がなされる時まで、耐え忍ぶことが必要でした。絶望のうちにあったとしても、神様の愛を見る時は、必ず訪れます。その時まで、耐え忍ぶべきなのです(ヘブ10:36)。

祈り:主よ!たとえ、私が泥の中で卑しさを味わうようなことがあっても、あなたの愛と恵みだけは、決して変わらないことを告白し続けることが出来ますように。

一言:卑しさを通して信仰を精錬される神様

カテゴリ:旧約聖書::ヨブ記

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