HOME > 旧約聖書 > ヨブ記 > 私を贖う方


私を贖う方
ヨブ記 19:1-29

 「私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。」(25)

I.私の息は私の妻にいやがられ(1-22)
 ヨブの友は、ヨブを罪に定める数々の言葉を投げつけ、ヨブは苦しみのあまり叫びました。しかし、神様は沈黙されました(7)。神様はいくら呼んでも答えられず、ただ、ヨブの過去の栄光を奪い去って行くばかりでした。ヨブは周りの人々から、どこまでも疎外されました。知人は皆、彼から離れて行き、親戚は彼を見捨て、兄弟たちは彼から遠ざかりました。親しい友だちは彼を忘れ、彼の家に宿る者も、彼のはしためたちも、彼を他人のように見なしました。そして、彼の妻も、彼の存在を望みませんでした。童までもが彼をさげすみました。全ての人が彼を忌み嫌い、彼が愛した者たちは、皆、彼に背を向けました。人々は、ヨブの肉体的な苦しみに追い討ちをかけるように、彼を裁く数々の言葉を投げつけました。彼は深い絶望の中にありました。

II.私を贖う方は生きておられ(23-29)
 こうした孤独と絶望と苦難の中で、ヨブには、たった一つの希望がありました。それは、彼を贖ってくださる方は生きておられるという確信でした。此の世で深い絶望を経験した時、ヨブは自分を贖う方を仰ぎ見ました。この方が、後の日に、ちりの上に立たれる姿を見たのです。彼は、肉を離れて神を見ると告白します。彼は霊の目で、贖い主の存在を知りました。誰もが自分を分かってくれず、心の苦しみがあるときにも、私たちは、霊の目を開いて、ただ私たちを贖う方、生きておられる主を仰ぎ見るべきです。この方を仰ぎ見る者は、死に至るほどの絶望の中にあっても、甦りへの希望を見出すのです。

祈り:主よ!全ての人が私を捨てても、私の傍には、甦りの主、あなたがおられます。あなたは私を絶望の淵からさえも贖い出してくださる方、生きておられる主です。

一言:私を贖う方は生きておられる

カテゴリ:旧約聖書::ヨブ記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加

  
カレンダー
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30   
<<   2010年 09月   >>
カテゴリ
プロフィール
RSSフィード

Add to Google
ADD TO Hatena::RSS
My Yahoo!に追加
Subscribe with livedoor Reader
PAIPO Readerへ追加
feedpathへ追加
gooリーダーへ追加
エキサイトリーダーに登録
HanRSSに追加
Bloglinesで閲読登録
Technorati お気に入りに登録
NewsGator Onlineへ追加
Subscribe in Rojo
Add to FeedShow
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ