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私の目は神に向かって
ヨブ記 16:1-22

 「私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって」(20)

I.あなたがたはみな(1-16)
 ヨブの友はヨブを煩わしました。彼らはヨブのためを思って咎めたつもりでしたが、実際に彼らの口から出たのは、罪に定める言葉であり、ヨブに大きな傷を与えるものでした。ヨブは肉体の苦痛以上に、友からの非難に苦しみました。ですが、彼は、これら全てのことは神様から来ていることを知っていました。彼は主が自分を苦しめ、衰えさせることを知っていました。「神は私を邪な者に渡し、悪者の手に投げ込まれる。」(11)彼は、今の苦難が、何の故であるのかを知りませんでしたが、全てのことは神様の主権の中で許されていることを知っていました。

II.私の目は(17-22)
 ヨブは今、地上に向けていた目を天に向けました。「私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。その方が、人のために神にとりなしをしてくださいますように。人の子がその友のために。」(20,21)友は皆、ヨブを罪に定めました。しかし、ヨブは、『人の子』のあわれみを信じました。その方が、自分の証人となられ、自分の無罪を神様に証してくださることを信じ、祈り求めたのです。この地上の友達は、いくら親しかったとしても、あなたの全てを理解することはできず、時に悲しい思いをするかもしれません。しかし、主は、あなたの内なる思いの全てを御存知で、証してくださるのです。ですから、私たちは、たとえ友の無理解に直面しても、主のとりなしを信じて祈り続けましょう。

祈り:主よ!たとえ、友が私を嘲ろうとも、私が、あなたにこそ目を向け、神様へのとりなしを祈り続けることができますように御導きください。

一言:私の目は神様に向かって

カテゴリ:旧約聖書::ヨブ記

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