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ツォファルの浅はかさ
ヨブ記 11:1-20

 「ことば数が多ければ、言い返しがないであろうか。舌の人が義とされるのだろうか。」(2)

 ヨブの友人の一人であったナアマ人ツォファルはヨブに、面と向かって、激しい非難を浴びせました。彼は、ヨブに向かって、「ことば数が多い」、「舌の人」、「おしゃべり」、「主張(ばかりする)」、「あざける」などと言いました(1-4,7)。彼は、ヨブの苦しみは、彼自身の罪から来るのだと言って咎めました。それに対してヨブが弁明しようとすると、ツォファルは、再び、ヨブのことを、ことば数が多い偽善者だと言って咎めました。彼はヨブの苦痛を理解しようとせず、因果応報的な立場から、ヨブを非難するばかりでした。彼の言葉はヨブにとって何の励ましにもなりませんでした。ツォファルは自分の主張を正当化するために神様を利用していただけでした。彼は、神様について、獣や鳥が持っているのと同じほどの程の知識しか持っていないにも関わらず、神様の御心を知っているつもりで、ヨブを裁いていたのです。
 神様は私たちの理解をはるかに越えた、大きく深く不思議に満ちた御方です。ですから、私たちの現実も、ある特定の教理や法則の通りになるようなものではありません。この世では、「荒らす者の天幕は栄え、神を怒らせる者は安らかである」ことさえもあります(12:6)。しかし、このようなあらゆる現実さえも、神様は、その全てを御心のままに、つかさどっておられます。ですから、私たちは、苦難のうちにある人に対して、自分の常識や先入観で判断して言葉をぶつけるべきではありません。ただ共にいて、ただ傍に寄り添っているだけで十分なのです。人を裁く言葉を吐く者は、自分自身を霊的であると考えていながら、実は、極めて自己中心的な状態に陥っていることがあります。自分に知恵があり、自分が正しいと思って言葉を放つことは、他人に深い傷を与えるだけに終わるのです。

祈り:主よ!私は、あなたの御心を何も知らないのに、他の人を思いのままに裁いた罪を悔い改めます。私が、あなたの前でも、人の前でもへりくだって生きることができますように助けてください。

一言:人間の浅はかな知恵

カテゴリ:旧約聖書::ヨブ記

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