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人を見張る方
ヨブ記 7:1-21

 「私が罪を犯したといっても、人を見張るあなたに、」(20)

I.私の日々は(1-16)
 人が地上で生きるということは、苦役のようであり、あたかも日雇人のようなものです。人は、休息を慕い求め、労苦が報われる日を待ち望みながら、苦しみを耐え忍ぶのです。しかし、ヨブの苦しみは、そうした希望さえ抱くことのできないほどの、終わりの見えない苦しみでした。再び、幸いが来るという希望を抱けませんでした。彼は、苦痛の中でもがき続けました。彼の苦痛はあまりに大きく、夜は、暁まで安らぎを得ることはできませんでした。彼の肉はうじと土くれをまとい、その皮は固まっては、また崩れました。彼の姿は人が目を背けるほどに醜いものでした。人々はだれも彼を愛そうとしませんでした。彼を、神様からのろいを受けた者として、避けていきました。彼は、虚無と絶望の中にありました。

II.人とは何者なのでしょう(17-21)
 ヨブは死によって、全ての苦痛から抜け出したいと思いました。しかし彼は、すべての苦しみは、神様によって許されているものであることを知っていました。「人とは何者なのでしょう。あなたがこれを尊び、これに御心を留められるとは。また、朝ごとにこれを訪れ、そのつどこれをためされるとは。」(17,18)。神様は人を見張る方です。この方は、ヨブの全ての苦しみを御存知でした。しかし、人の理解をはるかにこえた大いなる御旨のゆえに苦難を許されていたのです。

祈り:主よ!私は、苦痛の中にあるとき、誰も私の苦しみを知らないと思い、一人、孤独を感じていました。しかし、あなたは、私の苦しみを御存知でした。あなたに最後まで信頼します。

一言:苦痛の中にある人を見張る方

カテゴリ:旧約聖書::ヨブ記

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