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主は与え、主は取られる
ヨブ記 1:1-22

 「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」

I.ヨブの最初の試練(1-12)
 ヨブは潔白で正しく、神様をおそれ、悪から遠ざかっている人でした。彼は、子どもたちが心の中で神様をのろったかも知れないと心配する程、神様を畏れる人でした。神様はこのような彼を祝福され、多くの子どもと満ちあふれる財産をお与えになりました。しかし、サタンはヨブを妬み、彼を試練にあわせることを望みました。神様は、しばらくの間、サタンの試みを許されました。それは、計り知れない神様の御旨でした。

II.主の御名をほめたたえたヨブ(13-22)
 サタンはヨブの財産を打った後、子どもたちをも奪い去りました。ヨブは一晩で全ての財産と愛する子どもたちを失いました。しかしヨブは担いきることのできないような試練の日に、むしろ神様に礼拝しほめたたえました。「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」(21)。彼は試練の日に神様につぶやかず、神様を褒め称えました。彼は、神様こそが主権者であることを認めました。神様には、与える主権だけではなく、取られる主権もあることを認めたのです。神様は祝福も、試練もくださいます。それは私たちには計り知れない御旨です。時に、私たちは到底理解できない試練を受けるかも知れません。しかし、それは、最後に、私たちに良きものをもたらそうとされる神様の御旨なのです。自分の小さな望みを捨てて、計り知れない神様の御旨を信じる信仰を持つ人は、試練の中でも揺れ動かされないのです。

祈り:主よ!小さな苦難にさえも、あなたに呟いた罪を悔い改めます。試練の中にも、あなたの御計画があることに信頼します。

一言:主は与え、主は取られる。

カテゴリ:旧約聖書::ヨブ記

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