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ピレモンにした約束
ピレモンへの手紙 1:18-25

 今、パウロはローマの監獄に入れられています。パウロは自分の身を案じても当然の状態でした。にも関わらず、彼は、自分のことではなく、まず他人のことを本気で心配しているのです。パウロの姿は、私たちに本物の牧者の心とは何なのかを教えてくれます。

I.私がそれを支払います(18-21)
 パウロはオネシモの代わりにピレモンに赦しを求めています。それは、あかたもキリスト御自身が私たちの代わりに神様に求めて下さった姿を思い起こさせるものです(ロマ8:34,ヘブ7:35)。それだけではありません。彼は、オネシモによってピレモンが受けた損害を、肩代わりすると誓約しました(18,19)。「私が支払います。」これは主が罪人である私たちのために、ご自分の命さえも差し出された、その犠牲の愛に生きる姿です(Ⅰヨハ3:16)。イエス様の犠牲、すなわち十字架の愛について行く者こそが、本物の牧者なのです。

II.実際の助けと祈りを頼んだパウロ(22-25)
 パウロは、ピレモンらの祈りによって牢から出られることを信じて、ピレモンに、自分の宿を用意して置くように頼んでいます(22)。「あなたがたの祈りによって、私もあなたがたのところに行けることと思っています。」と、彼は信じていました。キリストにある人々は、キリストの命を分け受けた兄弟姉妹です。ですから、聖徒たちは、神様の御国を広げるためであるならば、互いに必要な助けを気兼ね無く求め、また与える『行う愛』を持つべきです。とりなしの祈りの中で、神様の大いなる御業、恵みの御業が実現されるための器を用意するべきなのです。

祈り:主よ!羊が罪の中に苦しんでいるなら、代わりに赦しを求め、損害を肩代わりする・・・そのような本物の牧者の心を、私にお与えください。

一言:私がそれを支払います

カテゴリ:新約聖書::ピレモンへの手紙

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