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あなたがたこそ私たちの誉れであり、また喜びなのです
テサロニケ人への手紙第一 2:13-20

 使徒パウロは、ただ神様を喜ばせようという思いだけで、一途に福音を宣べ伝え、その中で多くの労苦を経験しました。しかしテサロニケにいる羊たちのことを思うとき、望みと喜びが満ち溢れました。

I.神様の御言葉を受け入れた聖徒たち(13-16)
 テサロニケの聖徒らは、使徒たちが神様からあずかった御言葉を聞いた時、それを人のことばとしてではなく、神様のことばとして受け入れました。彼らは主の御前にへりくだり、主を恐れ敬う心で御言葉を受け入れました。その時、彼らの内面に御言葉が生きて働きました。私たちが純粋な心で御言葉を受け入れるなら、私たちの心には変化の御業が起こります。ユダヤにいる聖徒たちがユダヤ人たちから苦難を受けたと同じように、テサロニケの聖徒たちは同じテサロニケ人から迫害を受けました。しかし彼らは御言葉から来る力によって、迫害に耐え忍び、むしろ喜びに満たされていました。

II.羊たちを自分の望み、喜びとしたパウロ(17-20)
 パウロは、心は彼らとともにありましたが、体は、しばらくの間彼らから引き離されていました。そのために、彼らの顔を見たいと切に願っていました。それは、パウロにとって、彼らこそ、主イエスが再び来られる時の希望、喜び、誇りの冠だったからです。
 良い牧者パウロは、羊たちに希望を置いていました。終わりの日に、彼らが主の喜び、誇りの冠となることを思いながら、大きな喜びに満たされていました。

祈り:主よ!私が、使徒の伝える御言葉を、あなた御自身が語ってくださった言葉として受け入れることができますように。また、羊たちに希望を置き、彼らを喜びとして生きて行くことができますようにお導きください。

一言:羊たちこそが私の喜び、望み

カテゴリ:新約聖書::テサロニケ人への手紙第一

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