2005年07月17日 (日)
コロサイ人への手紙 2:6-23
I.彼にあって歩みなさい(6-15)
イエス様を主として受け入れた者とは、彼にあって歩む者です(6)。そして、その中に根をおろして行く者です。私たちが根ざすべきところはイエス・キリストです。では、なぜイエス様に根ざすべきなのでしょうか。それは、彼の中にこそ、神様の満ち満ちたご性質が形をとって宿っているからです(9)。私たちは罪によって死んでいましたが、イエス様を信じて新しいいのちを受けました。キリストのうちには、私たちの成長にとって必要な御霊のいのちが満ちています。
イエス様に根ざす時、私たちは、だましごとの哲学や世に属する空しい教えに左右されることの無い、確かな信仰を持つことができるのです。どんな試練や失敗があっても、決して失望せず、感謝に満ちあふれて生きていくことができるのです(7)。
II.どうしてこの世の幼稚な教えに従っているのか(16-23)
偽の教師たちは、イエス様を信じるばかりではなく、ユダヤの伝統的な律法を守り、御使いを礼拝しなければならないと説きました(16,18)。しかし、こうしたことは、かしらであるイエス様に結びつかず、霊的ないのちを得る上では何の意味もありません。人の教えに従って、「すがるな。味わうな。さわるな。」というような定めに縛られることは、一見すると立派なようにも思えますが、罪の欲望を退ける上で何の効果もありません(23)。人から出る教えは、人の存在についての根本的な問題を何一つとして解決してはくれないのです。
祈り:主よ!私は、あなたを主としてお迎えしました。ですから、あなたのうちに根を下ろします。世の教えに揺れ動くことのない、確かな信仰を持ち、日々、感謝に満たされるようにお助けください。
一言:イエス様の中に根ざそう
I.彼にあって歩みなさい(6-15)
イエス様を主として受け入れた者とは、彼にあって歩む者です(6)。そして、その中に根をおろして行く者です。私たちが根ざすべきところはイエス・キリストです。では、なぜイエス様に根ざすべきなのでしょうか。それは、彼の中にこそ、神様の満ち満ちたご性質が形をとって宿っているからです(9)。私たちは罪によって死んでいましたが、イエス様を信じて新しいいのちを受けました。キリストのうちには、私たちの成長にとって必要な御霊のいのちが満ちています。
イエス様に根ざす時、私たちは、だましごとの哲学や世に属する空しい教えに左右されることの無い、確かな信仰を持つことができるのです。どんな試練や失敗があっても、決して失望せず、感謝に満ちあふれて生きていくことができるのです(7)。
II.どうしてこの世の幼稚な教えに従っているのか(16-23)
偽の教師たちは、イエス様を信じるばかりではなく、ユダヤの伝統的な律法を守り、御使いを礼拝しなければならないと説きました(16,18)。しかし、こうしたことは、かしらであるイエス様に結びつかず、霊的ないのちを得る上では何の意味もありません。人の教えに従って、「すがるな。味わうな。さわるな。」というような定めに縛られることは、一見すると立派なようにも思えますが、罪の欲望を退ける上で何の効果もありません(23)。人から出る教えは、人の存在についての根本的な問題を何一つとして解決してはくれないのです。
祈り:主よ!私は、あなたを主としてお迎えしました。ですから、あなたのうちに根を下ろします。世の教えに揺れ動くことのない、確かな信仰を持ち、日々、感謝に満たされるようにお助けください。
一言:イエス様の中に根ざそう






