2005年07月03日 (日)
エペソ人への手紙 6:10-24
信仰によって生きようとする時、そこには平和と祝福ばかりではなく、霊的な苦難が伴うものです。信仰によって生きるというのはある意味で戦いなのです。敵は目に見えないサタンです。この敵は人間の力や知恵では退けることはできません。私たちはどうしたら、サタンに打ち勝つことができるのでしょうか。
I.神のすべての武具を身に着けなさい(10-17)
私たちの敵であるサタンに立ち向かうためには、神様のすべての武具を身に着ける必要があります。神様の武具とは、真理の帯、正義の胸当て、平和の福音の備え、信仰の大盾、そして、御霊の剣です。この御霊の剣とは、神様の御言葉を指します。もしも剣が無ければ、敵に打ち勝つことができません。神様の御言葉とは、私たちが信仰において勝利をおさめる上での要です。
神様の武具の中で、あなたに欠けているものがあるでしょうか。
II.どんなときにも御霊によって祈りなさい(18-24)
これら全ての武具を身に着けたとしても、祈りがないならば霊的な戦いに勝利をおさめることはできません。私たちは、祈らずして、サタンを退けるために必要な霊的な力と知恵を受け取ることは不可能なのです。祈りのない信仰は、あたかも敵がどこに潜んでいるのかも分からず、作戦計画もなく、また食事もせずに、兵士として戦場を駆け回るようなものです。祈りとは信仰生活を根底で支える呼吸のようなものなのです。しかし、実際に祈りを継続しようとするならば、それが決して容易ではないことに気が付くはずです。私たちは肉の性質の故に、目に見える世界のことには関心が向きやすいのですが、目には見えない霊的な世界には、なかなか心を向けられません。それで使徒パウロは、目を覚まして、忍耐の限りを尽くすようにと言ったのです。そして同時に、霊的な戦いの最前線にいる福音のしもべたちのためにも祈るようにと願いました。
祈り:主よ!私が、サタンの策略に立ち向かうため、あなたから、あらゆる武具を受け取り、完全武装できますように。そして、祈りを通じてあなたの知恵と力をいただくことができるようにお導きください。
一言:悪魔に立ち向かいなさい
信仰によって生きようとする時、そこには平和と祝福ばかりではなく、霊的な苦難が伴うものです。信仰によって生きるというのはある意味で戦いなのです。敵は目に見えないサタンです。この敵は人間の力や知恵では退けることはできません。私たちはどうしたら、サタンに打ち勝つことができるのでしょうか。
I.神のすべての武具を身に着けなさい(10-17)
私たちの敵であるサタンに立ち向かうためには、神様のすべての武具を身に着ける必要があります。神様の武具とは、真理の帯、正義の胸当て、平和の福音の備え、信仰の大盾、そして、御霊の剣です。この御霊の剣とは、神様の御言葉を指します。もしも剣が無ければ、敵に打ち勝つことができません。神様の御言葉とは、私たちが信仰において勝利をおさめる上での要です。
神様の武具の中で、あなたに欠けているものがあるでしょうか。
II.どんなときにも御霊によって祈りなさい(18-24)
これら全ての武具を身に着けたとしても、祈りがないならば霊的な戦いに勝利をおさめることはできません。私たちは、祈らずして、サタンを退けるために必要な霊的な力と知恵を受け取ることは不可能なのです。祈りのない信仰は、あたかも敵がどこに潜んでいるのかも分からず、作戦計画もなく、また食事もせずに、兵士として戦場を駆け回るようなものです。祈りとは信仰生活を根底で支える呼吸のようなものなのです。しかし、実際に祈りを継続しようとするならば、それが決して容易ではないことに気が付くはずです。私たちは肉の性質の故に、目に見える世界のことには関心が向きやすいのですが、目には見えない霊的な世界には、なかなか心を向けられません。それで使徒パウロは、目を覚まして、忍耐の限りを尽くすようにと言ったのです。そして同時に、霊的な戦いの最前線にいる福音のしもべたちのためにも祈るようにと願いました。
祈り:主よ!私が、サタンの策略に立ち向かうため、あなたから、あらゆる武具を受け取り、完全武装できますように。そして、祈りを通じてあなたの知恵と力をいただくことができるようにお導きください。
一言:悪魔に立ち向かいなさい






