2005年07月01日 (金)
エペソ人への手紙 5:21-33
今日の御言葉は主にある夫婦のあり方について教えています。夫婦のあり方こそ、家庭と社会の基底にあるものです。夫婦のあり方が主の御旨から離れてしまっている現在、今日の御言葉は家庭ある人々が守るべき大切なことを教えています。
I.妻たちよ(21-24)
妻たちは自分の夫に従って付いていくべきです。夫は妻のかしらであるからです。これはキリストが教会のかしらであるのと同じような関係です。教会がキリストに従うように、妻がその夫に従って行くならば、家庭の秩序は守られるのです。
勿論、これは盲目的、律法的な服従を意味しません。主に贖われた私たちが主に仕えるように、愛に基づく人格的な関係が前提なのです。
II.夫たちよ(25-33)
夫が妻を従わせる一方で、自らは自分勝手に振舞うために、多くの家庭の幸福が崩れ去っています。夫は、キリストが教会を愛するように妻を愛さなければなりません。夫は、キリストが自らを捧げて命がけで教会を愛されたように、妻を献身的に愛するべきなのです。
妻は夫と一体です。神様の御旨によって一体となりました。ですから妻を愛するというのは自分を愛することです。妻を愛することは単なる義務ではありません。神を愛し自分を愛するならば、自ずから妻を愛するようになるのです。
祈り:主よ!あなたの愛の中で、世の妻たちが夫に付き従っていくように、また、夫たちが自らを捧げて妻を愛するようにお導きください。
一言:従うことと愛すること
今日の御言葉は主にある夫婦のあり方について教えています。夫婦のあり方こそ、家庭と社会の基底にあるものです。夫婦のあり方が主の御旨から離れてしまっている現在、今日の御言葉は家庭ある人々が守るべき大切なことを教えています。
I.妻たちよ(21-24)
妻たちは自分の夫に従って付いていくべきです。夫は妻のかしらであるからです。これはキリストが教会のかしらであるのと同じような関係です。教会がキリストに従うように、妻がその夫に従って行くならば、家庭の秩序は守られるのです。
勿論、これは盲目的、律法的な服従を意味しません。主に贖われた私たちが主に仕えるように、愛に基づく人格的な関係が前提なのです。
II.夫たちよ(25-33)
夫が妻を従わせる一方で、自らは自分勝手に振舞うために、多くの家庭の幸福が崩れ去っています。夫は、キリストが教会を愛するように妻を愛さなければなりません。夫は、キリストが自らを捧げて命がけで教会を愛されたように、妻を献身的に愛するべきなのです。
妻は夫と一体です。神様の御旨によって一体となりました。ですから妻を愛するというのは自分を愛することです。妻を愛することは単なる義務ではありません。神を愛し自分を愛するならば、自ずから妻を愛するようになるのです。
祈り:主よ!あなたの愛の中で、世の妻たちが夫に付き従っていくように、また、夫たちが自らを捧げて妻を愛するようにお導きください。
一言:従うことと愛すること






