2005年06月30日 (木)
エペソ人への手紙 5:15-20
パウロは、その時代を「悪い時代だ」と言います。悪い時代とは、人々が神様を忘れ去ってしまう時代です。世の中の虚しい事柄に目が眩んで、神様が見えなくなってしまう時代です。使徒パウロはこのような時代に生きる聖徒達に「機会を生かして用いなさい」と言いました。それは、どのようにすることなのでしょうか。
I.主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。(17)
私たちが虚しい時を過ごすのは、世の流れに翻弄されて、その時、その時の気分のままに、当て所も無くさ迷っているからです。人は、こうした生き方を、楽で自由な生き方だと思うかも知れません。しかし、本当は実に愚かで虚しいことなのです。なぜなら、私たちの人生には、後の世に備えて御霊の実を結ぶという、大切な目的があるからです。
ですから私たちは自我の望むままにさ迷うのではなく、いつも、主のみこころは何であるのかを悟り、御霊の導きに信頼して生きていくべきなのです。
II.御霊に満たされなさい(18)
人は、自分の内面に虚しさを覚えるとき、それを何かで満たそうとします。ですが、何で満たされているのかによって、人生の実は、まったく異なってきてしまいます。酒や快楽で満たそうとするならば、人は放蕩し、さ迷い続けます。ですが私たちは主の御言葉によって聖められ、聖霊によって満たされる者です。詩と賛美と霊の歌で、主を褒め称える者です。
そのとき、その心は感謝で満ち溢れ、その人生は御霊の実を結び、永遠への希望が与えられます。もしも、私たちの心に感謝と喜びが無いとするならば、それは何か世的で良くないものによって満たされているからです。その時には、悔い改め、聖霊に心を開くべきです。
祈り:主よ!私は、悪い時代に翻弄されていました。今、私を聖霊で満たしてください。そして人生の目的地をはっきりと御示し下さい。
一言:悪い時代だから
パウロは、その時代を「悪い時代だ」と言います。悪い時代とは、人々が神様を忘れ去ってしまう時代です。世の中の虚しい事柄に目が眩んで、神様が見えなくなってしまう時代です。使徒パウロはこのような時代に生きる聖徒達に「機会を生かして用いなさい」と言いました。それは、どのようにすることなのでしょうか。
I.主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。(17)
私たちが虚しい時を過ごすのは、世の流れに翻弄されて、その時、その時の気分のままに、当て所も無くさ迷っているからです。人は、こうした生き方を、楽で自由な生き方だと思うかも知れません。しかし、本当は実に愚かで虚しいことなのです。なぜなら、私たちの人生には、後の世に備えて御霊の実を結ぶという、大切な目的があるからです。
ですから私たちは自我の望むままにさ迷うのではなく、いつも、主のみこころは何であるのかを悟り、御霊の導きに信頼して生きていくべきなのです。
II.御霊に満たされなさい(18)
人は、自分の内面に虚しさを覚えるとき、それを何かで満たそうとします。ですが、何で満たされているのかによって、人生の実は、まったく異なってきてしまいます。酒や快楽で満たそうとするならば、人は放蕩し、さ迷い続けます。ですが私たちは主の御言葉によって聖められ、聖霊によって満たされる者です。詩と賛美と霊の歌で、主を褒め称える者です。
そのとき、その心は感謝で満ち溢れ、その人生は御霊の実を結び、永遠への希望が与えられます。もしも、私たちの心に感謝と喜びが無いとするならば、それは何か世的で良くないものによって満たされているからです。その時には、悔い改め、聖霊に心を開くべきです。
祈り:主よ!私は、悪い時代に翻弄されていました。今、私を聖霊で満たしてください。そして人生の目的地をはっきりと御示し下さい。
一言:悪い時代だから






