HOME > 旧約聖書 > 出エジプト記 > 殺人と暴力に関する定め


殺人と暴力に関する定め
出エジプト記 21:12-27

 「人を打って死なせた者は、必ず殺されなければならない。」(12)

 人を打って死なせた者は、必ず殺されなければならないと告げられています。また、自分の両親を打つ者、人を誘拐した者、両親を呪った者も、必ず殺されなければならないと告げられました。他の命を軽んじる者は自らの魂をも喪失することになるのです。神様は人間のいのちを尊重されます。それは、人が神様のかたちにつくられた尊い存在だからです(創9:6)。ですから、どんな場合も殺人を犯してはなりません。殺人は憎しみやねたみから生まれます。イエス様は、兄弟に怒り、兄弟に向かって悪口を言って憎むことも、殺人であると言われました(マタ5:22)。今日、人の命がいかに軽んじられていることでしょうか。お金を神様のように崇め、人の命は虫けらのように考える人々がいます。自分を満足させるために互いを謗り合い、ついには殺人まで犯すのです。それは悪魔の支配下にあるからです(ヨハ8:44)。このような時代に私たちは、人命を尊び、神様の良き知らせを宣べ伝えて行こうではありませんか。神様の良き知らせ、それは、いのちを生かす力なのです。
 人を傷つけたならば、必ず償いをし、治療をしなければなりません。しもべを傷つける主人は、その代償として、その奴隷を自由にしなければなりません(26,27)。傷を受けた際の報復について、神様は、目には目、歯には歯、手には手、足には足、やけどにはやけど、傷には傷、打ち傷には打ち傷・・・と言われました(24,25)。しかし、この御言葉は報復を奨励するものではありません。私たちが感情に流され、受けた被害以上の報復することで暴力の連鎖が起こってしまうことを防止するために、報復の上限を定めるものです。

祈り:主よ!私は、傷つける言葉と行ないを悔い改めます。あなたの御旨に生きることができますように。いのちを生かす、あなたの恵みに生きることができますように。

一言:福音を伝え、いのちを生かす
カテゴリ:旧約聖書::出エジプト記

ソーシャルブックマーク登録
イザ!ブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 newsingに投稿 はてなブックマークに追加 こはてなアンテナに追加 del.icio.usに追加する ニフティクリップに追加 Livedoor クリップに追加 FC2ブックマークに追加 PingKingポッケに追加 Technorati に追加 POOKMARK Airlinesへ追加 Saafブックマークへ追加 Choixへ追加 Blinklistへ追加 JoltMarkへ追加 このエントリーを含むはてなブックマーク はてなユーザーの評価 この記事をクリップ! livedoorユーザーの評価 Buzzurlにブックマーク Buzzurlにブックマーク このエントリーをGoogleBookmark に追加

  
カレンダー
S M T W T F S
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31    
<<   2008年 12月   >>
カテゴリ
プロフィール
RSSフィード

Add to Google
ADD TO Hatena::RSS
My Yahoo!に追加
Subscribe with livedoor Reader
PAIPO Readerへ追加
feedpathへ追加
gooリーダーへ追加
エキサイトリーダーに登録
HanRSSに追加
Bloglinesで閲読登録
Technorati お気に入りに登録
NewsGator Onlineへ追加
Subscribe in Rojo
Add to FeedShow
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ