約束と律法
ガラテヤ人への手紙 3:15-25

昨日の聖書箇所、3章1節から14節では、福音と律法を対照していましたが、今日の本文では約束と律法を対照しています。

I.アブラハムに恵みによって与えられた約束(15-18)
 神様は救いの御業を始められることを、アブラハムとその子孫に約束されました(創12:3,7,13:15,17:7,22:18)。その子孫とはすなわちキリストです。そして、この約束はアブラハムが信仰によって受け取った、神様から無条件に与えられた約束なので、決して変更されることがありません。 
 神様は、先に与えた約束を、430年後にできた律法によって取り消される方ではありません(17)。神様は信仰に生きるアブラハムに、ただ恵みによって約束をくださり、この約束を守られました。

II.律法はキリストに導く養育係(19-25)
 では律法とは何でしょうか。律法は罪を罪としてはっきり認識するために約束につけ加えられたものです(19)。律法は神様の約束を翻すものではないのです。
 律法によって、私たちは、自分が罪によって裁かれるしかない存在であり、自分の力では救われようのない者であることを痛感するようになります。ですから、律法は、私たちをキリストに導く養育係、すなわち家庭教師の役割をしているのです(24)。そして、信仰が現れた後には、私たちは養育係の下から離れ、律法から自由になるのです。

祈り:主よ!私が律法に縛られるのではなく、ただ、あなたの御恵みによって与えられた約束の御言葉に信頼し、信仰に生きるようにお導きください。

一言:御恵みによって与えられた約束

カテゴリ:新約聖書::ガラテヤ人への手紙

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