福音と律法
ガラテヤ人への手紙 3:1-14

3,4章はガラテヤ人への手紙における教理の中心であり、「福音と律法」という主題が明確に表れています。今日の御言葉は「人の行ない」である律法と、「神の御恵み」である信仰という、両者が何であるのかについて教えています。

I.人の行ないに基づく律法
 使徒パウロはガラテヤ人の愚かさを咎めています。彼らは十字架につけられたイエス・キリストを信じ、御霊を受けて生まれ変わった新しい人になりました。ところが今になって彼らは偽りの教師に惑わされて律法を行うことを救いの要件にしてしまったのです(1)。これは十字架による贖いという絶対的真理を無意味なものとし、御霊の御業をむだにしてしまうことです(4)。
 律法主義者たちはモーセの教えの通りに割礼を受け、律法を守らなければ救われないと主張しました(使15:1)。だとするならば、律法の書に書いてある、すべてのことを堅く守って実行しなければ、だれでもみな、のろわれるのです(10)。そして、神様の前では律法によって義と認められる人はこの世には誰もいません(11)。

II.神の福音に基づく信仰
 私たちが御霊を受け、新しく生まれたのは、律法の行ないによってではなく、福音を信仰を持って聞いたからです(2)。先祖アブラハムも神様を信じることで義と認められました(6)。ですから信仰によって生きる人はアブラハムの子どもであり(7)、アブラハムと同じように祝福を受けるようになるのです(9)。キリストが十字架につけられて呪われたものになったのは、御自身を身代わりとして、私たちを律法の呪いから贖い出してくださるためでした(13)。これによって、私たちは信仰によって約束の御霊を受けることができるようになったのです(14)。

祈り:主よ!私が律法に縛られる愚かさに陥ることなく、ただ信仰によって生きるように助けてください。

一言:信仰によって生きる

カテゴリ:新約聖書::ガラテヤ人への手紙

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