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自分の罪は自分に
創世記 32:1-12

 「どうか私の兄、エサウの手から私を救い出してください。」(11)

 故郷に帰って行くヤコブには大きく引っ掛かる問題がありましたが、すなわち兄エサウでした。かつて兄エサウをだまし、長子の権利を奪ったために、罪意識に陥りました。ヤコブは兄エサウが四百人を率いて、自分を迎えに来ている、という言葉を聞いて、恐れと焦りに捕らわれました。彼は、兄が自分を打ちに来たと考えました。それで自分の所有を二つに分け、そのうちの片方でも残そうとしました。そして彼は切なる思いで、神様に祈りました(9-12)。その時まで、それほど切実に祈って来たことはありませんでした。ヤコブがこのように兄エサウを恐れるようになったのは、過去彼が兄に行なった罪、自分の利益のために兄のものを奪ったからです。今その罪がヤコブにふりかかり、恐れと恐怖を生みました。ヤコブの罪は、結局自分自身に戻り、その結果は被害妄想と恐れでした(11)。
 人は自分の利益のために、他人のものを奪ったり、他人を害したりもします。そうまでして何かを得れば、得たもののことで喜びます。得たものが自分を幸せにするかのように、考えることもあります。しかしヤコブの場合を見れば、そのようにして他人のものを奪い、他人を害した罪は結局自分に返って来て、その苦い実を結ぶようになることが分かります。しかしその時、ヤコブは神様に切実に祈りました。神様に出て行って祈ることが、救いの道です。

祈り:主よ!私の罪のために恐れに捕らわれ、どうすることもできない時に、祈る者になるように、助けてください。

一言:恐れる時、祈ろう。
カテゴリ:旧約聖書::創世記

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